【コラム】意図性はないのに政治的行為だと言えるか=韓国(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.08.16 16:36
スポーツ以外の問題が競技場に入ってくれば、スポーツは簡単にプロパガンダの道具に転落してしまう。そうなればオリンピックにはあらゆる政治的イシューが乱舞するだろう。IOCが警戒するのもこのような危険性だ。
しかし朴種佑の場合は事情が少し違う。政治的行為は意図性がなければならないが、朴種佑はそんな意図性が最初からなかった。1968年メキシコシティーオリンピックの“ブラックパワー・サリュート”事件と比べてみたい。米国の黒人選手トミー・スミスとジョン・カーロスは表彰台に上がり、黒い手袋をはめた手を掲げて人種差別に抗議した。誰が見ても、明白な意図があった行為だった。しかし彼らはメダルを剥奪されなかった。