【コラム】意図性はないのに政治的行為だと言えるか=韓国(1)

【コラム】意図性はないのに政治的行為だと言えるか=韓国(1)

2012年08月16日16時36分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  スポーツで競技の外的な意図は排除されなければならない。今回のロンドンオリンピック(五輪)でも、今になって競技の外的な問題が物議を醸している。過去のオリンピックの歴史は、競技の勝利が体制やイデオロギーの優位・光栄として見なされるという辛さを経験をしてきた。このような弊害を阻むために、国際オリンピック委員会(IOC)は憲章50条を通じて「いかなる種類のデモまたは政治的・宗教的・人種的宣伝」を遮断して来た。

  朴種佑(パク・ジョンウ)の“独島セレモニー”が論議を呼んでいる理由もここにある。競技の後、観衆が渡した「独島(ドクト、日本名・竹島)は韓国の領土」と書かれたピケットを持ってパフォーマンスを行ったことがオリンピック精神に背くというのだ。ところでこれと似たセレモニーは2000年シドニーオリンピックでもあった。女子陸上400メートルで金メダルを獲得したキャシー・フリーマンがオーストラリア原住民の旗を振って世界を驚かせた。しかし彼女の行動は非難を受けなかった。むしろ彼女は白人と原住民の和合を象徴するアイコンだった。朴種佑とフリーマンの行動にはどんな差があるか。もう少し直説的に言えば、朴種佑の行為は果して政治的だったのだろうか。もしそうなら、IOCがいう“政治的行為”の範囲はどこまでなのか。

  もしも朴種佑の行為が政治的だとするなら、陸上競技入賞者が国旗を肩にかけて競技場を駆けるセレモニーもすべて政治的だと見なすべきではないか。国旗の中には、すでに自国に対するプライドと宣伝が隠れているからだ。さらに問題なのは、日本の体操選手が着ていたユニフォームだ。“旭日旗”をモチーフにしたデザインは軍国主義の復活を広める政治的メッセージとして解釈できる余地が充分にある。しかしこれに対するジャック・ロゲIOC委員長の返答は乏しいものだった。「少なくともIOC 内では問題視されていない」と言うのだ。この言葉は問題になる時にだけ問題にするという意味として読める。

  

【コラム】意図性はないのに政治的行為だと言えるか=韓国(2)
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