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【コラム】本当に不可逆的になる方法=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2016.01.11 15:46
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「不可逆」という言葉を聞いたのは実に久しぶりだ。高校時代に化学の授業で「可逆」反応と「不可逆」反応を習った時、この言葉とは二度と会うことはないと思った。ちょうど30年ぶりに記憶の深いところからこの言葉を引き出した。「不可逆」の辞書的な意味は「変化を起こした物質が本来の状態に戻れないこと」だ。要するに後戻りができないということだ。当然、直すことができないという意味を含む。昨年末、旧日本軍慰安婦問題に対する韓日間の合意に「最終的かつ不可逆的な解決」という言葉が入った。慰安婦被害者と多くの国民がこの言葉に怒った。世の中に戻すことも直すこともできないこととは。

7日、国際サッカー評議会(IFAB)がサッカー競技へのビデオ判読導入を検討することにした。ビデオ判読は誤審を正すためだ。アメリカンフットボール、テニス、バレーボール、バスケット、野球に続き、サッカーまでがビデオ判読を導入するということだ。IFABはサッカー規則を管掌する国際スポーツ機構だ。サッカー宗主国の英国の4つの地域であるイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドのサッカー協会と国際サッカー連盟(FIFA)代表で構成されている。非常に保守的だ。規定の変更に対する要求が激しくても余程のことでなければ変えない。FWと最終DFが同一線上にいる場合はオフサイドと見なさないという規定を一つ変えるのに数十年かかった。そのようなIFABがビデオ判読の導入を検討するという。

 
「誤審も競技の一部」という言葉はスポーツという宗教の律法だった。審判の判定に対して誤審問題を提起する者は律法を破った背教徒として扱われた。誤審によって無念に殉教しても、これを恨まない者だけがスポーツマンシップを持つ成人として崇められた。ところが、以前とは違って誤審は人々の目を避けられなくなっている。スポーツ競技が高解像度(HD)テレビとウルトラHDテレビの画面を通じて視聴者に伝えられながらだ。競技場に設置された数十台の中継カメラは選手の汗の雫やユニホームの糸屑までとらえる。視聴者がはっきりと目にする誤審をこれ以上伏せて済ませることができなくなったのだ。誤審はもう競技の一部でなく正さなければならない誤りだ。そのような世の中だ。

被害当事者の慰安婦女性は「交渉の結果を受け入れることはできない」として再協議を要求している。韓日外交当局の主張のように最終的かつ不可逆的な解決だったなら開かれる理由がない慰安婦被害者の「水曜集会」が6日に24周年を迎えた。その日の集会はいつよりも熱かった。13日には1213回目の集会が開かれる。不可逆的にも最終的にもならない雰囲気だ。合意に至る過程で何が問題だったのか見直さなければいけない。それが状況を本当に不可逆的かつ最終的にできる出発ラインだ。

チャン・ヘスJTBCデジタルニュースルーム部長

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