【グローバルアイ】韓国と日本、LIKEからLOVEに?

【グローバルアイ】韓国と日本、LIKEからLOVEに?

2013年10月29日10時04分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  3年前、朝日新聞のコラム「天声人語」で「LOVE」と「LIKE」を定義したものを見た。LOVEは異質なものを追求するが、LIKEは同質的なものを追求するという解釈だった。自ずとうなずく内容だ。

  そういえば、LOVEには何か自分とは違うものに対する憧れやときめきがある。一方、LIKEには自分と同じものが相手にあることを発見した時の安心感や安定感がある。

  そのためか心理学ではLIKEがLOVEに発展する可能性は少ないという。LIKEの延長線がLOVEにならないということだ。

  冷え込んだ韓国と日本の関係も同じような気がする。同質感と異質感の間で混とんが深まっているからだ。

  25日、駐日神戸総領事館と現代日本学会、現代韓国朝鮮学会が共同主催したシンポジウム「韓日国交正常化50周年をどのように迎えるのか」でも、両国出席者の間ではこうした乖離が浮き彫りになった。

  日本側の学者と記者は「イデオロギーが違う盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権も第1次安倍内閣の期間(2006年9月-2007年9月)日本と無事に過ごしたが、朴槿恵(パク・クネ)大統領はなぜそうなのか」という不満を表した。「韓国は日本を優先したが、最近は中国側に傾き、心配が多い」「安倍内閣の就任の初日に『安倍妄言内閣…』というタイトルをつけるような韓国メディアの感情的な報道に大きな問題がある」などの指摘も続いた。

  一方、韓国側は「まだ安倍首相が『侵略』という言葉を直接使っていないだけに、日本がまず韓国の疑惧心を解消しなければいけない」「(安倍政権の)問題点をきちんと指摘できない日本メディアこそ批判機能が生きていているのか」と対抗した。

  お互い不満が募るだけ募った感じだ。このため韓国と日本の指導者は相手に視線も向けず、外務官僚はそのような指導者の表情ばかり見て、メディアは相手に怒りを抱いて声を高める。

  しかし観点を変えてみればお互いこの数年間、あまりにもLIKE、すなわち同質性ばかり追求したり執着したのではないだろうか。韓流ブームだの何だのと、考えが似た隣国だと信じた。一方が強く反対すれば相手はしないはずだと考えた。集団的自衛権が代表例だ。しかしそれが錯覚であることを知り、背信感はむしろ数倍に増幅した。それが今の反日、反韓として表れている。ともすると「民主主義と市場経済の価値観を共有するパートナー」を云々してきたが、韓国と日本は考えが異なるしかない国だ。

  しかし見方によっては、良かったのかもしれない。お互い異なるが同じであるかのような一時的な処方ではいけないという考え方を、今からでもするようになった。韓国・日本とも相手に対する期待値を低める必要がある。そして「異質のパートナー」と賢明につきあう方法を模索する時になった。ひょっとすると、そのうちに「LOVE」に発展することもあるかもしれない。

  金玄基(キム・ヒョンギ)東京総局長
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