【グローバルアイ】中国が7年前と違うこと

【グローバルアイ】中国が7年前と違うこと

2017年07月25日08時42分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  6月末、劉暁波氏が肝臓がん末期で入院したことが伝えられると、中国外務省の記者会見場は海外の記者で込み合い始めた。しかし劉氏の容体と海外出国治療を認めるかどうかに関する質問・答弁は中国外務省のホームページに一切掲載されなかった。質問自体に中国の一般国民に知らせたくない内容が含まれているからだろう。

  劉暁波氏が死去した翌日、ある記者がこれまで控えていた質問をした。「他の質問はすべて載せながら、劉暁波氏に関連する質問だけは削除するのか」。報道官はこのように受け返した。「あなたは私が述べたすべての言葉を記事に書くのか」。愚問賢答という成語がこのため中国から出てきたのだと思った。

  劉暁波氏の妻の劉霞氏は公安要員とともに雲南に「強制旅行」をしなければならなかった。「不純」勢力と連絡を取ったり追悼集会に参加することを源泉封鎖する措置だった。

  劉暁波氏の死去と中国の必死の統制を眺めながら、筆者は7年前に話題になった中国新聞の報道を思い出した。2010年12月12日付の南方都市報は「アジアパラ競技大会、広州で開幕」という1面トップの見出しの下に開幕式に登場する5羽の鶴の写真を掲載した。この写真の実際の主人公は鶴ではなく、その後ろに置かれた空いた椅子だった。前日に開かれたノーベル平和賞授賞式で主催側は出席できなかった劉暁波氏の代わりに空いた椅子を置き、その上に賞牌を載せた。南方都市報の写真は高度な隠喩で検閲を避けて劉氏の受賞を伝えようとする涙ぐましい努力だった。写真の主人公の鶴は中国語で「賀」と発音が同じで、劉氏の受賞を祝うというメッセージと読み取られた。編集者の巧妙な意図はインターネットで急速に広まった。

  筆者は今回も似たことがあるかもしれないと思って中国の新聞を細かくチェックした。似た事例が時々あったからだ。しかし今回は「もしかして」が「やはり」に終わった。中国のある記者は「それは7年前の話にすぎない」と語った。言論統制は過去と比較にならないほど強化され、このため新聞社をやめる記者も多いと、この記者は説明した。

  過去7年間に中国は世界2位の経済大国になった。飛躍的に強まった中国の国力に比例し、中国の声も高まった。力が強まれば自信がつき、他の意見を包容する余裕も生じるものだが、中国の言論の現実はその反対だ。世界の人々が知ることを中国人だけが知らない現象が厳格に21世紀の情報化時代、それもネットユーザーが7億人というインターネット大国で起きている。事実関係から統制を受けるため、多様な世論が形成されない。最高指導者から末端公務員、市中の張三李四にいたるまで同じ声を出す中国の世論を見ながら時々恐れを感じる理由だ。

  イェ・ヨンジュン/北京総局長
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