【コラム】国恥100年、もう「日本のせい」はやめよう(2)

【コラム】国恥100年、もう「日本のせい」はやめよう(2)

2010年08月31日15時23分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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   100年が過ぎた今、私たちは視点を変える必要がある。 日本せいにするのはもう十分だ。 いつまで他人のせいにするのか。 人のせいをするというのは、人に期待して失望したというのと同じ表現だ。 これからは私たち自身がどんな過ちを犯し、二度とこうした羞恥を経験しないためには何をすべきかに、私たちの関心を集中させなければならない。 社会問題も同じだ。 自分が貧しく失敗したのは他人のせい、制度のせいだと考えれば、決して発展はない。 与えられた環境の中で自分がすべきことは何であり、これまで何がよくなかったかを省みる気持ちが強まれば、国も健康になる。

  最近、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)は満州の抗日遺跡地を訪れた。 抗日武装闘争は南北双方の自慢だ。 安重根(アン・ジュングン)がそうであり、金佐鎮(キム・ジュァジン)将軍がそうだ。 しかし100年が過ぎても北朝鮮は抗日闘争の意識の中に浸っているようだ。 そしてその延長線で反米を叫んでいる。 北朝鮮が貧しいのは米国帝国主義のせいなのか? 北朝鮮は事実上、国家として存在する意味を喪失した。 国家の機能はまひし、国民は飢えている。 権力の周辺だけが強制力で持ちこたえている。 国家は消滅段階にきているが紙屑のような勲章を付けて傲慢にふるまう人たちの姿は、1910年の朝鮮の大臣と同じではないのか? 北朝鮮はなぜ内部の問題を見ようとしないのか? 2世を越えて3世の世襲を認めてもうために中国指導者に謁見したという。 主体思想を前面に出しながら「民族」を口癖のようにして生きている人たちがすることではない。 恥ずかしくないのか?

  国を失うというのは屈辱だ。 私たちはその日を庚戌国恥日と呼んだ。 その屈辱は国民全員が受けるものであり、責任がある王と臣下のものだけではない。 運命共同体であるからだ。 したがってこの共同体を守ろうとするなら、国民が自覚していなければならない。 100年が過ぎたこの時点で、私たちが記憶に残すべきことはまさにこの点だ。 私たちは半分ではあるが、この半世紀の間にこの共同体を変えた。 私たちの力でだ。 世界の誰が今の韓国を日本の植民地だったかわいそうな国だと考えるだろうか。 これ以上、過去の羞恥にすがるのはやめよう。 もう羞恥の服を脱いでしまおう。

  文昌克(ムン・チャングク)大記者

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