<2002年朝・日交渉>安倍氏の“咆哮”戦術…金正日「日本人拉致を謝罪」(1)

<2002年朝・日交渉>安倍氏の“咆哮”戦術…金正日「日本人拉致を謝罪」(1)

2014年06月17日11時13分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  2002年9月17日午前10時30分、平壌(ピョンヤン)百花園迎賓館。

  首脳会談を30分後に控えて別室で待機中だった小泉純一郎首相と安倍晋三官房部長官(当時の職責)は茫然自失としていた。北朝鮮側から突然、「拉致被害者8人死亡、5人生存」というメッセージが伝えられたためだった。首脳会談が始まると小泉首相は金正日(キム・ジョンイル)総書記に激しく詰め寄った。金正日は意味ありげな笑顔だけを浮かべて特別な返事をしなかった。もちろん「拉致」という単語を口の外に出すこともなかった。ここまでの会談は完全に北朝鮮ペースだった。

  ◆会談難航…小泉首相に「日本戻りましょう」

  午前の会談が終わると安倍官房長官は北朝鮮の昼食の誘いを断り、小泉首相を別室に促した。「総理、金正日が拉致を認めて謝罪しない限り、いくら事前に日朝共同声明を出すと約束していても決して署名してはいけません。直ちに日本に戻りましょう」。咆哮するように声高に話す安倍氏を見て日本代表団一行は皆驚いた。北朝鮮に出国する前、小泉首相と安倍官房長官は「重要な対話は『筆談』でする」と約束していたためだ。盗聴装置があるのが明らかだった。しかし安倍氏はその約束を徹底的に無視した。その「効果」は午後の首脳会談が再開されるとすぐに現れた。

  「我々は行方不明者だと話してきたが…うむ、拉致です。特殊機関内の一部の者が英雄主義に陥ってつい…、率直に謝ります」(金正日)

  北朝鮮が国際社会に謝罪をした最初の「事件」だった。北朝鮮が盗聴を通じて危機意識を感じたためなのかは確認することはできない。しかし安倍氏の戦術は功を奏した。

  日本外交関係者は「安倍首相ほど北朝鮮の交渉術に長けている人物はいないだろう」と分析する。今回の朝・日交渉過程でも交渉代表である外交官に別途コーチしたほどだという。

  疑問はここで出てくる。「北朝鮮は口さえ開けばただ嘘をつく」という安倍氏が北朝鮮の「口約束」一つだけ信じて北朝鮮に対する経済制裁まで解くというからだ。いったい水面下で何が行き来しているのだろうか。

  情報関係者によると、安倍氏は複数の対朝ルートを活用している。1つ目は日本メディアで報じられた「伊原-キム・ジョンチョル」ラインだ。キム・ジョンチョル(仮名)は国家安全保衛部所属として知られている。2002年の小泉首相訪朝を引き出した「ミスターX」(2011年粛清された柳敬(リュ・ギョン)国家安全保衛部副部長として知られている)の後継者の「2代目ミスターX」から指示を受けて交渉を総括した人物として伝えられている。

  北朝鮮の軍部核心とコネを持つ神奈川県居住の朝鮮総連出身企業家A氏の役割も大きかったと言われている。

  70代のA氏は昨年、安倍首相の指示を受けて北朝鮮に訪問していた飯島勲・内閣官房参与(諮問役)の北朝鮮滞在当時に平壌に共にいた人物だ。対北朝鮮消息筋は「A氏は過去二度、日本当局に逮捕されたことがあるが、それがかえって北朝鮮指導部の信頼を得るきっかけになった」と話した。第1次安倍内閣(2006年9月~2007年9月)当時、北朝鮮と極秘接触した谷内正太郎・国家安保局長も交渉初期に水面下で動いた。

  予想とは違い、「資金」を渇望していた北朝鮮は交渉に積極的だったという。1965年、日本が韓国に提示した5億ドルに該当する支援を得ることができるという判断からだ。現在の為替レートに換算すると100億ドル(約10兆ウォン)に相当する巨額だ。

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