韓経:【コラム】ノーベル賞は受けない方がよい=韓国

韓経:【コラム】ノーベル賞は受けない方がよい=韓国

2016年10月12日10時00分
[ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版]
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  1968年に制定された国民教育憲章には「能率と実質を重要視する」という部分がある。ドイツ式機能教育を連想させる。故朴正熙(パク・ジョンヒ)元大統領が能率と実質を重視するドイツ教育に多くの関心を見せた。1970年代に工業高校が増え、そこの生徒を特別待遇したのもこうした精神の所産だった。

  しかし1980年から始まった大学の量的膨張はこうした雰囲気を完全に変えた。全国技能専門大学は徐々に総合大学に改名した。大学在学生は現在300万人を超え、大学進学率は70%に達する。もちろん世界最高水準だ。1990年の進学率は33.9%だった。わずか26年で倍以上に高まった。このように短期間に大学が急成長した国は世界でも珍しい。朝鮮時代の両班(ヤンバン)人口の増加率より数十倍速い。大学の教授も急増した。36年前に1万4000余人だった大学教授(一般大学基準)は現在7万2000人を超える。

  ◆大学から「能率と実質」気風消える

  学生と教授が増え、韓国の大学は奇形的な構造を見せている。「能率と実質」を重視する精神は消え、虚飾と形式主義が目立つ。社会が大学に深みのある学問レベルも要求しない。何より一部の大学教授の間で各種カルテル文化が形成されているというのが問題だ。

  このような教授らは各種学会・会合などでお互いの城を築く。カルテルは信念と良心よりも他人とうまく付き合うことが優先だ。

  政府から受ける課題でもこうしたカルテルは力を発揮する。政府の課題を教授同士が作って裁断する事例もある。仕事を受けてくる担当教授までが存在するという。専門性が不足しても結果報告書だけが関心の対象となる。このため各種研究費をN分の1に分けることもよくある。ここに加われない教授はこうした研究から排除される。

  カルテルはもちろん徹底的に保護され、構成員には利益をもたらすが、革新は絶対に起きない。そのまま海外から輸入した知識を伝える学問エージェントも多い。ショーウィンドー社会、俗物根性社会の典型だ。選挙の時期になればポリフェッサーが自然に出てくる構造だ。

  ◆教授カルテルが革新意欲を妨げる

  このような構図ではアーチェリーや女子ゴルフのような世界トップは生まれにくい。むしろ研究実績や従来の教授技法に満足し、慣行を変えようとしない教授が多い。韓国の研究開発投資額は世界最高水準だ。しかしその結実はあまり見られない。その多くの投資がどうなったのか気になる状況だ。このような次元でノーベル賞を期待するのも一つの虚栄にしかならない。虚飾社会で「そうなればいい」という希望だけを表示するものだ。

  金大中(キム・デジュン)元大統領がノーベル平和賞を受賞したからといって韓国が平和になったわけではない。むしろ北朝鮮の核のため危機感ばかり強まった。韓国の科学者1人がノーベル賞を受賞したからといって科学強国にならないのも当然のことだ。基礎体力が不足した状態で1つや2つの分野のノーベル賞は後に別の負担をもたらすこともある。ノーベル賞は当分忘れるのがよいだろう。いや受けてはいけない。まずは「能率と実質」の気風がもっと重要ではないだろうか。
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