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【コラム】夏の終わり…何も解決していないセウォル号事件(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.09.02 11:38
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セウォル号事態がそうだ。税金行政のように国家権限の行使は緻密だが、権利の保障と犠牲者の保護は職務放棄レベルだ。国民は極度に疲れる。少しでも結果が出れば落ち着こうとするが、激しい舌戦に変質し、政界に踏みにじられる。遺族の譲歩を要請する声も高まった。10人の行方不明者は五里霧中、秋夕(チュソク、中秋)前には締めくくりたいが、遺品一つ見つからず引き返すことはできない。「国家はどこにいるのか?」という嘆きにもかかわらず、風浪と戦う救助隊のほかに「保護国家」は不在だった。その救助隊はそれほど整ってはおらず、真相究明もある放送局の粘り強い追跡報道で少し表れた程度だ。

この夏を騒がせた兪炳彦(ユ・ビョンオン)清海鎮海運会長と宗教施設「錦繍院」の捜索は真相究明の1%にもならない。兪炳彦の死亡でミステリードラマが空しく終わると、視聴者はそれが本質でないことを知った。海水部長官の現場死守は管理哨所にすぎず、総体的な管理指令塔はほとんど見られなかった。最初から青瓦台首席秘書官陣または特別チームが動くべきだった。遺族と常時ホットラインを開設し、各種提案と嘆願をすぐに処理していれば、青瓦台付近で集団野宿をしただろうか。管理機能はめちゃくちゃだった。公的サービスはきちんと作動したのか。緊急生活資金、外傷後遺症治療と相談、休職問題、今後の対策などを細かく進めていれば、遺族の苦痛は少しでも和らいだはずであり、これほど深まらなかっただろう。捜査権と起訴権をめぐり死を覚悟した決断までいく必要もなかった。正常国家はなかった。大統領が頼もしい保護者と思われていれば、あえて面会を要求しなかっただろう。韓国がセウォル号事態に阻まれて沈没危機に直面したのは、国家の管理機能とサービス機能がアフリカ難民国レベルだったからだ。手放し状態からいきなり読む首相の談話がすんなりと耳に入るだろうか。根拠なく脱税容疑を通知する国家にも疑問が生じるが、花のつぼみのような子どもを水葬したその生き地獄を糾明してほしいという哀願を、国会が押し退けて人のせいにする国家をどう感じるだろうか。どうすれば遺族に市民意識を回復しろと言えるのか。

 
夏は憂鬱だった。週末から始まる帰省行列が季節の変化を知らせるが、遺影を抱きしめて嗚咽する遺族が光化門広場にいる限りまだその夏は終わらない。秋夕の月の光が初秋の夜を明るく照らしても。

宋虎根(ソン・ホグン)ソウル大教授・社会学


【コラム】夏の終わり…何も解決していないセウォル号事件(1)

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