金正恩委員長の生母・高容姫氏、1973年の日本公演当時の写真見つかる

金正恩委員長の生母・高容姫氏、1973年の日本公演当時の写真見つかる

2018年04月16日10時47分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長と妹・金与正(キム・ヨジョン)党中央委第1副部長の生母・高容姫(コ・ヨンヒ)氏の舞踊家時代の写真が公開された。日本の毎日新聞は14日、1973年に高容姫氏が万寿台(マンスデ)芸術団の舞踊家として日本を訪問した当時の写真が発見されたと報じた。

  当時、高容姫氏と交流があった関係者が個人的に保管していた写真で、当時の高容姫氏の姿を写った写真は珍しく「非常に貴重な資料」だと、同紙は伝えた。

  高容姫氏は1953年に大阪で生まれ、9歳だった1962年に両親とともに北送船に乗って北朝鮮に移住したという。19歳だった1972年に万寿台芸術団の舞踊家として「功勲俳優」称号を受けた。1970年代半ばから金正日(キム・ジョンイル)総書記と同居を始め、2004年に乳がんで死亡するまで一緒に暮らしたと伝えられている。

  高容姫氏の実名は当初「高英姫(コ・ヨンヒ)」と誤って伝えられていた。しかし2015年、米国に居住する高容姫氏の妹・高英淑(コ・ヨンスク)氏の夫イ・ガン氏がメディアのインタビューで、高英姫ではなく「高容姫」と訂正した。

  金正日総書記の夫人として待遇を受けた女性は成ヘ琳(ソン・ヘリム)氏、金英淑(キム・ヨンスク)氏、高容姫氏、金玉(キム・オク)氏の4人だが、金日成(キム・イルソン)主席から正式に認められて結婚式を挙げた夫人は金英淑氏だけだ。今年2月に開催された北朝鮮三池淵(サムジヨン)管弦楽団の公演と、今月2日に韓国芸術団の平壌(ピョンヤン)公演で歌われた「男は船、女は港」は、高容姫氏が最も好きなシム・スボンの曲の一つと伝えられた。「金正日の料理人」として知られる藤本健二氏は著書で、高容姫氏が自分に「金正日将軍様との恋愛時代、車の中でシム・スボンの『その時その人』のような韓国の曲を朝まで聞いた」と話したと伝えた。
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