【コラム】花より美しい名前「イ・ボクスン」、元慰安婦被害女性の涙の人生
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2017.12.15 09:39
福を受けて生きよとつけられた名前はあまりに長い間忘れられていた。1926年に生まれ、2008年に癌で亡くなるまで、彼女の名前「福順(ボクスン)」は見過ごされていた。南太平洋の「トラック島」の4年、おばあさんの慰安婦被害は公式記録で確認されたことがなかった。真実のインクは彼女のことをきちんと記録できなかった。ソウル市とソウル大学人権センター研究チームが名前を呼ぶまでは。
1946年の帰還船の搭乗者名簿に書かれた「ヒトガワ・フクジュン」は大邱(テグ)出身の20歳の女性イ・ボクスンの日本式の名前だった。1946年1月に米軍戦闘日誌の写真に白いツーピースを上品に着た彼女がいた。帰郷を控えて荷造りする表情は暗かった。故郷から4000キロメートル離れた熱帯島の恐怖と悲鳴は終わったが、再び花になることはできなかった。1946年3月2日付のニューヨークタイムズはこのように伝えている。「トラック島の司令官ブレイク将軍によるとこの女性(朝鮮人慰安婦)たちは残って米国人のために仕事をすることを望んだ。彼女たちは日本軍に協力したという理由で他の朝鮮人が自分たちを海に落とすだろうと恐れていた」