<韓国・100万人集会>100万の叫び声、新たな歴史を作る(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2016.11.14 09:00
先週土曜日、「第3回ろうそく集会」に行った。午後5時、人波をかき分けてやっとの思いで到着した場所が徳寿宮(トクスグン)大漢門の前で、われわれはここからそれ以上前に進めなかった。われわれ一行はほぼ60・70代の物書き老人連中だったが、若者たちと一緒に集会に参加しようと互いに連絡を取り合ってひとり、ふたりと集まった。「朴槿恵(パク・クネ)退陣」を叫ぶあの高揚した叫び声の中で、ふと1960年4月19日のまさにこの場所が脳裏に浮かんだ。
56年前、私は高校生で、徳寿宮の塀道の曲がり角で「李承晩(イ・スンマン)下野」を叫ぶデモの群衆の中に混じっていた。広場の向い側で実弾射撃が始まり、私の隣にいた友人が倒れた。彼を抱き起こすと頭がカクンと前に落ちて血がほとばしった。私は自分の学生帽を脱いで彼の頭にかぶせてやった。級友とともに彼を担いで走り、医大生の助けを借りて救急車に乗せた。遅れて到着したソウル駅前セブランス病院裏庭には、白いシーツで覆われた死体が並び置かれ、死んだ友人はそのどこかにいた。私は病院のトイレで裸になり、友人の血をたっぷり含んだ学生服を洗った。赤い血液はしばらく水と一緒に流れていったが、私は流れる涙をとめることができなかった。
80年光州(クァンジュ)道庁前で、87年6月の市庁前広場で、ある者は血を流し、ある者は歳月を生き延びてきた。多くの同時代の人々があふれ出たこの道に立ち、私は彼らと共に悲しみとこみ上げる思いが交差する複雑な心情で「朴槿恵退陣」を叫んだ。