【社説】脱原発の公論化、市民にだけ任せず政界が乗り出さなければ=韓国(1)

【社説】脱原発の公論化、市民にだけ任せず政界が乗り出さなければ=韓国(1)

2017年07月23日13時01分
[ⓒ 中央SUNDAY/中央日報日本語版]
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  福島第1原子力発電所事故発生3日後の2011年3月14日、ドイツのメルケル首相は老朽原子力発電所8基の稼動を中断させた。2カ月後の5月30日には市民代表で構成された「安全なエネルギー供給に向けた倫理委員会」の勧告を基に、2022年末まで段階的にすべての原子力発電所を閉鎖すると宣言した。

  6月19日に文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「新規原発建設計画を全面白紙化し、原発の設計寿命を延ばさない」と宣言した。そして公論化委員会を構成し、ここで一定規模の市民陪審員団を選定して最終決定を任せると述べた。文大統領は21日には「公論調査で可否決定が出されれば受け入れなければならず、今後も社会的対立解決のモデルとしなければならない」とした。

  一見すると文大統領の宣言とメルケル首相の決断は似ているように見える。だがその中身を見ると途轍もない差がある。

  何よりメルケル首相の脱原発決定はドイツの政界と市民社会が20年以上続けてきた激しい賛核・反核論争の結果だった。市民倫理委員会の勧告を単に受け入れただけではないという話だ。遠くは1970年代の国際石油危機、近くは86年のチェルノブイリ原発事故後、長い間の賛否討論を経て導出されたドイツ社会全体の結論だった。ドイツの場合、脱原発のように重大なエネルギー政策を国民の代表である議会と政党が合意して結論を下したという厳然な事実を見逃してはいけない。

  ドイツの脱原発の過程はエネルギーウェンデと呼ばれるエネルギー転換の大きな流れの中で進行していた。環境を重視する緑の党が83年に連邦下院に進出し、即刻脱原発をしなければならないと主張して政界でも本格的な論争に火がつき始めた。86年のチェルノブイリ原発事故後には社会民主党と労組も脱原発路線に合流した。当時キリスト教民主同盟と自由民主党間の保守連立政権も自然保護と原子炉安全問題を提起し、さまざまな脱核シナリオを研究させた。

  98年に執権した社会民主党・緑の党は連立政権協約書に再生可能エネルギー生産促進とともに脱核関連法案制定を明示した。2000年に再生可能エネルギー法が通過したのに続き、原発事業者などとの脱原発合意がなされた。2020年までにすべての原発の稼動を中止することにし、新たな原発は建設しないことにした。その後も政界と市民社会では激しい論争が続いた。(中央SUNDAY第541号)

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