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福島原発周辺、被曝許容量110年分の放射能が車の中に(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.09.26 14:28
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原発から3キロの距離にある双葉町の道路沿いの草原。牛20頭が悠々と草を歩いていた。被曝のため食用として売ることができず、政府が処理を指示した牛だ。しかし柵に取り付けられた「生命の楽園」という看板が、牛の主の心情を逆説的に表していた。家畜としての価値は失われても、「被曝牛」という理由で生命を奪うことはできないということだ。

福島原発付近の6号国道を通ると、突然、放射能測定機の警告音が激しく鳴り始めた。測定機の画面も「警告」水準を知らせる赤色に変わった。数値は1時間あたり21マイクロシーベルト。車内にもかかわらず、年間放射能被曝許容値に換算して110年分にのぼる放射能だ。外部でこの放射能にそのまま露出すればどうなるだろうかと思うとぞっとした。どうすることもできない福島の現実だった。

 
翌日、原発から約30キロ離れたいわき市の久ノ浜港。港には50隻の船が綱で繋がれていた。漁民の心も疲弊していた。2年半の間、一度も漁に出られないストレスのためだ。昨年6月から試験操業を実施してきた福島県北部地域の漁業協同組合とは違い、この地域が属する南部地域組合はずっと操業を中止してきた。今月初めから一部の魚種の試験操業が予定されていたが、汚染水問題が明るみに出て再び延期され、怒りはピークに達していた。

鈴木三則さん(62)は「2年半も待ったが、また操業が遅れれば、漁民も船もみんな消えてしまうだろう」と話した。ここで取材陣が会った漁師の大半は、韓国政府が6日に発表した「日本8県水産物禁輸」措置にも不満を表した。

久之浜港から南に10キロほど離れた小名浜港。「底曳網漁業協同組合」の仁木克己会計主任(67)は「国が最初から出荷を禁止した42魚種は漁獲しても売ることができず廃棄処分するしかない」とし「その間のモニタリングによって安全性が検証された、セシウム濃度が極めて低いか、全く検出されなかったタコ・イカ・毛ガニなど16種に限り試験操業をしようということだ」と話した。試験操業とは、本格的な操業再開を控えた準備段階だ。一部の商人を通じて水産物を流通させ、実際に売れるかどうか消費者の反応を調べてみようという作業だ。

しかし実際に福島の水産物を消費者に売る商人の考えは違った。小名浜港付近の大型魚市場で10年間商売をしているという塩野和裕さん(28)は「汚染水が海に流れているというのが現実なので、今後10年は福島で操業を再開するのは難しいのでは」と語った。

取材中に確認したのは「福島内の二極化」だった。取材陣が宿泊したいわき市は原発から南に43キロほど離れたところだ。放射能数値は1時間あたり0.12マイクロシーベルトと基準値以下だ。昼の時間は食事のために食堂の前に列をつくって待たなければならず、夜の街は人々で賑わっていた。「ここが福島?」と思うほどだ。12日夜に取材陣が訪れた韓国料理店には、ちょうど福島第1原発で作業する鹿島建設と東芝の職員が会食中だった。店長のイ・サンオクさんは「全国から原発復旧関連の従事者が集まってくる」話した。この時、会食で酒が入ったある職員が、自分の名前「ヨシオ」を歌詞に入れて歌い始めた。

「ヨシオは原発で働く~明日も行かなければ~怖くても、私が行く道はそこ~」。福島で生きる、生きていくしかない“福島人の運命”が切なく感じられた。


福島原発周辺、被曝許容量110年分の放射能が車の中に(1)

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