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行き詰った韓日関係、首脳会談で道筋つけるべき(2)

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2015.01.20 11:04
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--これまで公職として多くの大統領と共にしてきた。最も外交感覚が優れた大統領を挙げてほしい。

「李承晩(イ・スンマン)元大統領だ。彼は当時としては珍しく国際政治的な認識が深く、愛国・民族愛をもとに自主的な路線を強調した。実例として53年の休戦交渉議論当時、李承晩は終始これに反対して米国は彼を説得するのに苦労した。李承晩は米国留学中の韓国軍将校を全て呼び戻すかと思えば戒厳宣言を出して単独戦も辞さない意思を誇示した。アイゼンハワー大統領がワシントンでこの問題を協議しようと招いたが『忙しくて行けない』と言いながら持ちこたえたほどだった。アイゼンハワーが再び李承晩に手紙で説得すると彼は『休戦に賛成はしないが黙認する』として3つの条件(韓米相互防衛条約の締結、韓国軍の現代化、米の陸空軍の韓国残留)を掲げて貫徹させた。韓米相互防衛条約は、何もせずに得たわけではない」

 
--4・19(四月革命)、5・16軍事クーデターを外交現場で見守っていてどうだったか。

「張勉(チャン・ミョン)政権時は対米外交が最も重要だったのに中立論が力を得ていた。大学生は北朝鮮について融和的に考え、南北間の学生対話を推進するかと思えば板門店(パンムンジョム)ではデモを行うほどだった。5・16の時は英国研修中だった。クーデターの1カ月ぐらい前に韓国からきた李亨根(イ・ヒョングン)将軍に当時蔓延していた軍部クーデター説について尋ねた。彼は『韓国軍が満州軍・朝鮮民族青年団系列などさまざまな派閥に分かれていて団結できないからクーデターは難しい』と答えた。だが、いくらもたたないうちに実際に5・16クーデターが起こった」

--米国は初めクーデターで執権した朴正煕(パク・チョンヒ)を認めようとしなかった。当時これを解決するための外交的困難が多かったはずだが。

「実際米国は5・16の初期クーデター勢力への武力鎮圧を試みた。韓国軍を動員しようとしたが尹ボ善(ユン・ボソン、元大統領)は『国軍同士で血を流してはいけない』としてついに同意しなかった」

◆韓日関係、国民票だけ意識していては解決しない

--外交実務者としてそばで見守った朴正煕元大統領の外交観は。

「朴大統領は、私が東北アジア課長当時から通訳を専門担当し、しばしば対面する機会があった。韓日国交正常化を議論した青瓦台(チョンワデ、大統領府)関係機関の対策会議で、彼が終わりに『今日の我々の決定についての判断は後世に任せよう。だが、これは今私たちがすべきことだ』として悲壮な演説をしたことを思い出す。当時米国の援助が減っていた状況で国家建設のために韓日協定締結は避けられない選択だった。韓国外交史を通じて最もうまくやったことだと評価したい。その時にもたらされたお金で京釜(キョンブ)高速道路・浦項(ポハン)製鉄などを建設して経済発展の土台がつくられた」

--韓国の外交史で最も間違ったことも挙げてみるならば。

「やはり朴正煕政権時のことで、67年に東ベルリン事件(韓国同胞・留学生スパイ集団事件)と73年の金大中(キム・デジュン)拉致事件だ。他国に行って(人を拉致してきて)主権を行使しようとした」

この本では朴正煕政権当時の外交秘話が多数紹介された。78年のベトナム戦争以後に現地に抑留されたイ・テヨン公使ら大使館公館の職員3人の釈放のために韓国・北朝鮮とベトナム間で行われた水面下の交渉エピソードもその1つだ。当時、交渉代表をつとめていた彼は「北朝鮮と駆け引き交渉の末に抑留公館職員1人と南へ派遣された(南派)後に逮捕された北朝鮮工作員7人を対等交換をすることで秘密合意した」と伝えた。しかしこの合意は対象者リストの選定過程でうやむやのうちに実行されなかった。公館職員は80年にスウェーデンの仲裁で交換条件なしに釈放された。

--日本大使をつとめた。この頃の行き詰った韓日関係をどのように改善すべきだとみているか。

「政治指導力の問題だ。国民の票だけを意識してはいけない。行き詰まればそれを突き破らなければいけないが、時によっては上から大きな枠組みで道をつける方法も必要だ。朴槿恵(パク・クネ)大統領は慰安婦問題を優先的に解決すべきだというが、これもまた(首脳同士が)会って解決できる。必ずしも成果を残すために首脳会談をするのではない。さまざまな面で突破する方法を検討すべきだ」(中央SUNDAY第410号)


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    2015.01.20 11:04
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    『私の外交ノート』表紙。
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