古地図の7割が「東海・韓国海」表記

古地図の7割が「東海・韓国海」表記

2007年01月09日16時13分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  学界では、高麗時代の文献などを類推解釈し、韓半島と日本の間の海が「東海(トンへ、日本名・日本海)」と呼ばれたのは少なくとも2000年前からだと考えている。 西暦414年に建てられた広開土大王碑にも東海という名称が登場する。

  国政広報処が01年から3年間にわたり米国・英国・フランスの図書館などに所蔵された古地図594点を調査した結果、全体の71%にあたる420点が「東海(East Sea)」または「韓国海」(Sea of Korea)または「韓国湾」(Gulf of Korea)」と表記していた。 日本海(Sea of Japan)と表記された古地図は70点(12%)にすぎなかった。

  日本海という名称が広く使われ始めたのは1929年から。 海や海底地形の名称を決定する国際水路機関(IHO)が世界海図初版を作成しながら「日本海」と表記したためだ。 日本の植民地だった韓国はこれに対して全く手を出せなかった。 こうした状況は91年に韓国政府が公式的に問題を提起するまで約60年間続いた。

  政府は当時、国連に「東海」表記の正当性を主張した。 学界と市民団体も動いた。 90年代後半、外国の地図業者・教科書製作業者・インターネット業者などを対象に東海表記改正要求運動が活発に行われた。 大学生を中心に‘独島・東海の正しい表記運動’を繰り広げてきた「バンク(VANK)」という団体が率先した。 この団体は機関と業者を説得し、「東海」表記や「東海・日本海」併記を誘導した。 バンクのパク・キテ代表は「有名雑誌の『ナショナル・ジオグラフィック』など、これまで約300カ所の表記を変えるのに成功した」と語った。

  IHOは02年に「日本海」表記が削除された世界海図を発行しようとした。 草案まで作った。しかし日本の反対で採択されず、改訂版作業自体が中断した状態だ。

  「東海」を第3の名称で呼ぼうという提案も何度か出てきた。 43年に中国学界は「太平海と呼ぼう」という意見を出した。 日本の朝日新聞は02年8月、「青く美しい海という意味を持つ『青海』は一つの提案」とした。 同じ意味で「滄海」という提案もあった。 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が述べた「平和の海」は金泳鎬(キム・ヨンホ)柳韓(ユハン)大学学長(元産業資源部長官)が80年代に初めて提示した。

  政府は5月に開かれるIHO総会で東海に表記を正すよう要求する予定だが、IHOは「この問題は韓日両国がまず合意しなければならない」という立場だ。
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