【噴水台】「ピースアイ」
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.08.03 18:11
町内のちびっ子たちが寒さも忘れて丘の上に集まって飛ばす凧(紙鳶)はもともと軍事用に作られた。 四面楚歌で項羽を敗退させた韓信が主人公だ。 「陳キの乱」を平定する時、敵陣を視察し、距離も測るために飛ばしたという。 宋の高丞が編纂した『事物紀原』が伝える話だ。 最初の形はトビが翼を広げた姿だったのだろう。 トビの漢字が鳶だ。
高麗の崔瑩将軍も耽羅で馬に乗った蒙古人の反乱を鎮圧する時、凧を利用したと『東国歳時記』が伝えている。 凧に火をぶらさげて飛ばしたり、軍使を載せて絶壁の上に送ったという。 忠武公李舜臣(イ・スンシン)も凧を軍事指揮用の通信手段として活用した。 形と色を組み合わせて80種類の信号を構成した。 例えば青地に赤い文様の凧が上がれば「東方と南方から同時攻撃しろ」という意味だ。 五色を使った。