【コラム】現代版朝貢の復活を夢見る中国=韓国(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.03.18 13:26
1397年太祖6年、朝鮮と明が激しく争った。朝貢の回数のためだった。一方は1年に3回、もう一方は3年に1回が適当だと主張した。朝貢とは、頭を下げて一方的に宝物を捧げるものと理解しがちだ。このプリズムで見れば、朝貢が多い「1年3使」が明、少ない「3年1使」が朝鮮と考えるのが普通だ。しかし実際は違った。朝鮮は朝貢を増やすと主張し、明はこれを断った。
なぜこういう誤解が生じたのか。朝貢のメカニズムを無視した植民史観のためだ。中国は朝貢を受ければ、回賜という名前ではるかに多くの贈り物を持たせて帰した。朝鮮は高麗人参・花むしろを贈り、高価なシルクや貴重な薬剤、翻訳版西洋書籍まで手に入れた。相手を立てるのは気が進まないが、大きな利益になる商売だった。朝貢を減らせという明の要求が朝鮮を激怒させ、遼東征伐推進の原因になるほどだった。