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【グローバルアイ】「時間は本当にいくらも残っていません」=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.06.30 09:24
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「今年に入ってからもすでに2人の被害者が生涯心に刻みつけられた傷を癒されないまま亡くなりました。生きている53人のおばあさんの平均年齢は90歳に近く、その方たちの名誉を回復させて差し上げられる時間もいくらも残っていません」。朴槿恵(パク・クネ)大統領は今年の三一節の記念演説で慰安婦問題の解決策を至急出すよう日本政府を圧迫した。慰安婦被害者の人権問題が韓日両国が未来をともに進む旅程で必ず解いて行かなければならない歴史的課題という理由からだ。

それから4カ月が流れた。11日にはキム・ダルソンさん(91)が慶尚北道浦項(キョンサンブクド・ポハン)で、キム・ウェハンさん(81)は京畿道広州(キョンギド・クァンジュ)で、30分間隔で死去した。これに先立ち先月27日にはイ・ヒョスンさん(91)が慶尚南道昌原(チャンウォン)で息をひきとった。結局日本の公式謝罪を受けられず恨みを抱いたまま人生を終えた。だが、三一節以降変わったことはまだ何もない。

 
22日に東京で開かれた韓日国交正常化50周年記念行事。日本の安倍晋三首相は「共に開こう、新たな未来を」という国交正常化50周年のキャッチフレーズを叫んだ。「過去」はなく「未来」ばかり強調した。朴大統領もソウルで「過去史の重い荷物を和解と共生の気持ちで下ろせるようにしていくことが重要だ」としただけだ。三一節記念演説の強硬な姿勢は一段弱まった。これ以上韓日関係が悪化することを防がなければならないという両国政府の崖っぷち危機意識のためなのか、慰安婦問題は後回しにされた雰囲気だった。

そして2日後の24日夜、キム・ヨンヒさん(83)が京畿道水原(スウォン)で亡くなった。国民学校5年生の幼い年齢で富山の航空機付属工場に連れて行かれ強制労働に苦しめられた。その後青森県の慰安所で辛酸をなめた。キムさんが22日に「和解と共生」を話した朴大統領と「新しい未来」を強調した安倍首相の演説を聞いたとすれば何を考えただろうか。まともに目を閉じられたのか、残念でまた胸が苦しい。

岸田文雄外相と21日に東京で初めての会談を終えた外交部の尹炳世(ユン・ビョンセ)長官は、「慰安婦交渉は大きな枠組みで話せば非常に意味ある進展がなされている」と駐日韓国特派員に説明した。日本政府の責任認定と謝罪、被害者支援方式が依然として争点だが具体的な言及は避けた。いつごろ交渉が終わるのか尋ねると口を堅く閉じた。韓国政府関係者は、「慰安婦交渉が望んでいる100%を引き出せるものではない。国民の期待水準が高すぎれば数年の努力がややもすると水の泡になりかねない」と懸念する。あまり急がずもう少し待てという注文だ。

慰安婦交渉はもちろん容易ではない。韓日両国の国内政治とも密接に絡み合っている。しかし時間は本当にいくらも残っていない。韓国政府に登録された慰安婦被害者238人のうち生存者は49人にすぎない。墓に花を捧げることより生前に恨みを晴らして上げることが急務だ。もっと急がなければならない。

イ・ジョンホン東京特派員

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