「セマウル運動、日本の新しい村づくり運動とは内容も語源も違う」(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.04.12 17:12
--セマウル運動本部で多くの不正が発生した。
「1970年代と80年代のセマウル運動を分離する必要がある。70年代のセマウル運動で、村にあるセマウル指導者以外の他の組織は意図的に避けていた。巨大な中央組織が作られ、利権化・官僚化されるのを徹底的に防いだ。組織といえばセマウル指導者協議会しかなかった。ところが80年代に第5共和国に入り、セマウル運動本部ができた。本部ができてセマウル運動は変質した。当時、金浦街道を車で走っていたところ、時々“セマウルヘッドクォーター”という看板を見た。セマウル運動にヘッドクォーターがどこにあるのか。外国人が見たとすれば軍隊組織と思ったはずだ。その時セマウルの終焉だと感じた」
--開発途上国へのセマウル運動普及はうまく進んでいるのか。