【コラム】ノーベル賞は目的ではなく汗の副産物=韓国(1)

【コラム】ノーベル賞は目的ではなく汗の副産物=韓国(1)

2017年10月16日16時31分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  毎年10月になると北欧発ノーベル賞の便りに韓国の科学技術界は一喜一憂しながら結局がっかりするという姿が日常化された。まだ結果だけにこだわり、深層分析や一貫性のある対応を疎かにしながら毎年同じ論争を繰り返している。

  この症状は世界大学ランキングの発表と第4次産業革命の熱気にも同じように表れている。ことし6月と9月には英国大学評価機関「QS(クアクアレリ・シモンズ社)」と「THE(タイムズ・ハイヤー・エデュケーション社)」がそれぞれ世界大学ランキングを発表した。順位の上がり下がりに悲喜が交錯し、賞罰と対策が後手に回ることはもちろん、新入生の募集から就職まで影響を及ぼすのに「好む人は誰もいないが、皆が点検するから」という。学界・卒業生の評判度、教授の実績、外国人教授・学生比率などはずっと後に効果が出て、相当な予算を伴う指標なので大学関係者の悩みは普通ではない。

  一方、2016年から吹き始めた第4次産業革命の波が、ことしに入ってからはほぼすべての国民のウワサにのぼるほど大流行している。21世紀に入り、融合革新・グリーン成長・創造経済につながる5年単位の興亡盛衰を経験したわれわれにとっては第4次産業革命のブームに不安を感じているのは事実だ。融合-グリーン-創造-第4次産業革命が大きな骨格と一貫性を維持しながら試行錯誤を通じて完成度を高めてきたとすれば、むしろ信頼と安堵感を感じただろう。だが、誰かが大きな旗を掲げて、皆が集まっていって、競争過熱によってシステムが不安定になり、資源配分まで歪められるようになると、また新しい旗が掲げられる、というような様相が繰り返されてきた。

  ノーベル賞・大学ランキング・第4次産業革命で見たように、結果だけに執着する短見とその場だけの性質を克服し、20年以上にわたるたゆまぬ努力で新たな機会を作るためには果たして何を最優先するべきだろうか。教育-研究-事業化の好循環の頂点にある教育・科学技術を中心に解決の糸口を探ってみようと思う。

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