水爆台風の前で「手ぶら」韓国はなぜこれほど静かなのか(2)

水爆台風の前で「手ぶら」韓国はなぜこれほど静かなのか(2)

2017年09月14日14時36分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  ◆レッドライン攻防

  冷静に認めよう。北朝鮮はすでに核武装国だ。核弾頭の小型化・軽量化・多種化が可能になった。このような状況でレッドラインの越線を問いただす韓国政府の攻防戦はのんきな姿に見える。大統領は「レッドラインを越えないように」対策を作ることが重要だと述べた。大統領と国民を安心させようと文正仁(ムン・ジョンイン)統一外交安保特補は「レッドラインをまだ越えていない」と語った。その基準は何か。越線を待つのか。少なくとも冷静な政府ならレッドラインとは関係なく、ある種の「格別の措置」を取ると具体的に話す必要がある。しかし核の前に窮する。強い恐怖心を抱いている国民に代わって尋ねたい。軍事的圧力、武力展開…。核を握る金正恩委員長なら、そんなものはすべてあざ笑うのではないのか。韓国政府ができることは奇想天外な発想にあるのかもしれない。金正恩委員長が敵対する相手は米国だ。コリアパッシング(Korea passing)はすでに核武装の本質であり、韓国政府が公言した「韓国ドライバー論」には運転する車がない。

  ◆「手ぶら」の韓国

  青瓦台(チョンワデ、大統領府)関係者と与党指導部は対話論の誘惑を振り払えない。対話論は時期が過ぎた流行歌という批判も少なくない。対話が実現したとしよう。李相熹元長官は戦略家らしく対話テーブルのゆがんだ状況を予想した。説得を続けて北朝鮮を対話テーブルに引き出したとしても、北朝鮮が話すことは明白だという。「米国に伝えろ、我々を核保有国と認めろ」というメッセージだ。米国と1対1の核軍縮会談ならまだしも、核もなく政権ごとに論調が変わりレトリックを乱発する韓国とは対話自体が時間の浪費であることを北朝鮮は知っている。韓国政府の関係者は政務的な判断に没入するという事実もすでに看破している。複雑な事案は伏せ、危険なものは隠し、政権にマイナスにならない方へと傾く短期戦術家・臨機応変家たちだ。深く広い視点で核武装に対処する冷静な戦略家・理論家は2、3年ほど仕事をしてみんな退場する。その結果が核武装北朝鮮の前の「手ぶらの韓国」だ。映画『ダンケルク』では、ある英国市民が浜辺に倒れている20万人の青年を見て嘆く。「ドイツは軍事に、英国は民生に没入した結果がこれだ」。とはいえ軍事に向かうべきなのか。

  ◆それでも希望はある

  核兵器の本質は「戦争抑止」だ。核兵器を使用する瞬間、自分たちも死ぬ。金正恩委員長も核兵器の2つの顔のうち「死の顔」を見たくはないだろう。ここに隙がある。我々ができることを探さなければいけない。李相熹元長官は「我々にも核兵器がある」とわずかな希望を見せた。北朝鮮が最も恐れる隙を広げて食い込むこと、例えば人民蜂起、疎外された権力集団のクーデター、不満勢力の金正恩委員長暗殺のようなものだ。体制崩壊を最も恐れるなら、韓国は北朝鮮の痛点を拡大することに集中しなければいけない。大きな費用もかからない。効率の点では最高だ。李相熹元長官は3種類の戦争を列挙した。対北朝鮮心理戦、情報戦、経済戦。

  核武装が強まるほど、北朝鮮人民心理戦を拡大して小規模な蜂起を引き起こすことができる。方法はいくつかある。情報戦とともに実行すれば期待以上の効力が得られる。経済戦は国連安保理と米国が決議したセカンダリーボイコットと軌を一にする。韓国が率先する積極性を見せる必要がある。当面の実効は期待しにくいが、金正恩委員長を不安にさせる核兵器だ。着実に実行しながら待たなければいけない。国論分裂は毒薬だ。

  恐怖をあおる談論は自制しなければいけないが、正確な状況判断は必須だ。「北朝鮮は草根木皮で延命しても核は手放さない」という命題から出発しなければいけない。「核武装北朝鮮」と「手ぶら韓国」という極限的対照がもたらす劣敗感と恐怖心を乗り越える新しい自信の源泉は何か。韓国の政界と市民社会が「それでも対話」と「それなら再武装」の間の激突に向かうほど、北朝鮮は核宗教の威力を楽しむだろう。

  宋虎根(ソン・ホグン)/中央日報コラムニスト/ソウル大社会学科教授

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