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リオ五輪は今「指導者韓流」が大勢(2)

ⓒ ISPLUS/中央日報日本語版2016.08.15 14:25
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1989年ドイツのドルトムント世界卓球選手権大会の団体戦銀メダルメンバーであるクォン・ミスク(46)監督もリオにきた。世界ランキング400位圏だったフィリピンの卓球イアン・ラリバ選手(22)はクォン監督の指導を受けて2年で200位圏まで飛躍してフィリピン卓球史上初めてのオリンピック出場を果たした。クォン監督は「イアンがオリンピックに出るとすぐにフィリピン国民の関心を多く受けるようになった。おかげで私も大統領宮まで行ってきた」と笑った。22歳で引退したクォン監督は「選手生活が短かっただけに指導者生活は長くしたい」としてイアンの手をぎゅっと握った。

アーチェリーは指導者韓流の中心だ。イ・ギシク監督(59)が率いる米国とイ・ウン、イ・サンヒョン両監督が指揮するメキシコは韓国アーチェリー代表チームの4種目席巻を脅かした。リオ五輪アーチェリーに出場した8カ国10人の指導者が韓国人だ。外国選手たちを率いてリオ五輪に参加した韓国人指導者は20人に達するという。

 
イム・ホンセ南スーダンオリンピック委員会副委員長(60)はアフリカの弱小国に希望を作っている。2011年スーダンから分離独立した南スーダンは昨年8月に国際オリンピック委員会(IOC)の206番目の加盟国になり、リオ五輪に陸上選手3人を派遣した。洪明甫(ホン・ミョンボ)元サッカー代表チーム監督の恩師であるイム副委員長は2007年から南アフリカ共和国でサッカー布教活動を展開して2012年南スーダンに渡って2013年に南スーダンサッカー代表チーム監督を引き受けた。五輪に出て行くには最低5個種目が国際連盟に加入しなければならない。南スーダンは以前までは国際連盟加入種目がサッカーとテコンドーだけだった。現在は9種目に加入した状態だ。イム副委員長は「リオに出発する日に南スーダンで交戦が発生した。飛行機が飛べないと思った。オリンピックに出場すること自体が奇跡」といった。

南スーダン陸上のマルグレート・ハッサン選手(19)は「コートジボワールのサッカー選手ディディエ・ドログバ(38)が2006年ドイツワールドカップ本戦進出を導いたのを見た。その時ドログバは政府軍と反乱軍に向かって一日だけでも戦争を止めてほしいと訴え、戦争が本当に中断された。私たちも南スーダンの内戦を中断させて、貧困に疲れた国民の希望になりたい」と話した。彼女は「コーチのリム(イム・ホンセ)と大韓民国は私の友人であり家族」といった。


リオ五輪は今「指導者韓流」が大勢(1)

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