【コラム】韓国をどう広報するべきか

【コラム】韓国をどう広報するべきか

2013年10月22日17時54分
[ⓒ 中央SUNDAY/中央日報日本語版]
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  タイトルにある質問は、報道機関と一般人の間で繰り返し提起されてきた。最近、韓国農水産食品流通公社が米国で開いたやや変な「ロマンチックなキノコ」韓国料理広報キャンペーンのため、この質問がまた思い浮かんだ。韓国の広報のために多くの予算を使うのを見ながら、個人的に、こういうキャンペーンがどれほど非生産的なものかに驚く。

  一部の読者はこれを韓国に対する「攻撃」、少なくとも「批判的」なコラムだと思うかもしれないが、そう考えないことを望む。私はただ韓国を旅行し、韓国にはまった人間だ。他の人たちも同じ経験ができるように私も韓国を広報したい。そのためにするべきこと、してはならないことを提案しようと思う。

  問題は基本的に一つだ。「人々が韓国について何を好むだろうか」ではなく、「韓国について外国人が好きになってほしいもの」を悩んでいる点が問題だ。私が最近受けた韓国観光パンフレットには「韓国人は平和を愛する民族で、他国を侵略したことが一度もない」という内容があった。事実かもしれないが、そうだとしても人々が韓国を訪問したり韓国で事業をしたくなるだろうか。むしろ「あ、そう? 私よりも韓国人が素晴らしいということか」と皮肉って考える可能性もある。「独島(ドクト、日本名・竹島)を訪問してください」と訴えながら「独島は韓国の領土」と説明する広告も見た。これが観光広報にどんな効果があるかはよく分からない。

  韓国広報戦略は安全や伝統的なものに依存する傾向がある。「外国人は韓国のどんなものが好きだろうか」を考えるのではなく、「外国人なら伝統料理の九節板(クジョルパン)を食べ、キムチ博物館や故宮に行かなければ」と考える人たちが作った結果だ。こういう人たちは自問する必要がある。自分が最後にキムチ博物館に行ったのはいつで、九節板を食べたのはいつかを。

  韓国を広報する公共および民間分野の人たちの多くはこうした状況を知っていると信じる。そういう人たちは外国語に堪能で、「ロマンチックなキノコ」のような一部のスローガンに眉をひそめる。しかし不幸にもこの人たちの年齢帯は低く、意思決定の過程に参加したり批判の声を出すことができない。

  一部機関は変化を試みている。海外文化広報院が最近送ってきたパンフレット案は非常に魅力的だった。しかし韓国広報担当機関があまりにも多いうえ、それぞれの競争力は千差万別だ。誰かが私に「韓国をどう広報すればよいのか」と尋ねれば、私はまず、外国人観光客と韓国に居住する外国人に「韓国の何が好きか、故国の友人・家族が魅力を感じるものは何か」を尋ねる必要がある、と答える。年齢・国籍別に分けて分析した後、それぞれ異なる階層に対する結論を出せばよい。私たちを単に「外国人」という無意味な一つのカテゴリーに入れるのではなく。もちろんK-POPが好きな若者も多いが、そこにあまりにも重点を置くため、外国では最近、韓国を「K-POPの国」とのみ認識する傾向が生じている。しかし韓国の最も大きな文化コンテンツ輸出項目はコンピューターゲームだ。

  また韓国は「楽しさ」という要素を持つ。広報担当者は韓国の屋台やカラオケルームを紹介するのを避けたがるかもしれない。しかし私の英国人の友人はほとんど全員、韓国でクジョルパンではなく夜の文化にはまった。「旅行案内所ではこうした情報を得られなかったが、この国は本当におもしろい」と話す。ソウル文来洞に連れていき、インディー音楽を聴かせた時も喜んでいた。このように韓国の“インディー”文化は音楽から写真、映画にいたるまで大きな潜在力を持つ。建築家の友人が私に「韓国は小さいが完ぺきな世界」と語った。韓国が多様な特徴をすべて備えているという言葉だ。国家広報でこれは神からの贈り物だ。韓国には特別な楽しみが多い。これを世界に見せる時ではないだろうか。(中央SUNDAY第345号)

  ダニエル・チューダー元エコノミスト誌ソウル特派員
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