【時視各角】敗北者の席に戻れII=韓国

【時視各角】敗北者の席に戻れII=韓国

2017年09月13日15時41分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  現代の間抜けは朝鮮時代のそれより賢いだろうか。正解は「ノー」だ。スマートフォンを使うからといってスマートなわけではない。情報の総量が多いだけで間抜けなことには変わりない。歴史に「デジャブ」が多いのはこのためだ。韓国の政治史が特にそうだ。過去から学べない愚かなテジャブが一杯になってあふれている。

  「敗北者の席に戻れ」は2009年1月6日付の同じコーナーで書いたことのあるコラムだ。(注:日本語版では配信なし)2007年の大統領選挙と2008年の総選挙で立て続けに敗北を喫した統合民主党が韓米自由貿易協定(FTA)の批准を拒否して行った国会占拠立てこもりを批判したコラムだった。「勝者が愚かだとしても敗者は廉恥がない。(…)敗れたら承服するべきなのに、いちいち楯突く。ついには自分たちが執権する時に作った法案の通過を阻むと言って、議事堂で立てこもりまでした。(…)政権の序盤期、人事の誤りで勝者の人気がすっかりなくなり、突然の米帝牛肉騒動で一時グロッキー状態になったとしても、敗者のそのような傲慢と傍若無人の免罪符にはなりえない。勝者が間違っていても、審判は有権者の役割だ」。

  今は同じ批判を方向だけ変えてこう書くべきかもしれない。「勝者がアマチュアのようだとしても敗者は廉恥がない。敗れたら承服するべきなのに、いちいち楯突く。ついには核武装のような国運がかかった問題をあれこれドヤしていたら実現するとでも言うように、国会を拒否して外に出た。政権の序盤期、人事の誤りが続出して、北朝鮮の核・ミサイル挑発でステップのリズムが狂いはしたが、敗者のそのような傲慢と傍若無人の免罪符にはなりえない。勝者が間違っていても、審判は有権者の役割だ」。

  自由韓国党が過去の民主党ほどひどいわけではない。ハンマーやチェーンソーまで動員された(そのため国会先進化法という希代の悪法を生んだ)見苦しい暴力のことだ。党首会談の提案を拒否してプラカードを手にしていたが、批判世論に押されてそっと国会に戻っただけだ。だが、どんな物理力よりも大きな被害をもたらした。この地の保守国民を改めて絶望させたのだ。果たして第1野党という韓国党は、一握りしかならない極右勢力と魂が開発独裁の60年代に留まっている時代錯誤勢力だけを代弁するつもりなのだろうか。保守国民がそこまで熱望している政治改革には背を向け、現政権が失脚して落ちぶれる日だけを待ち、その恥ずかしい命を延命しようというのか。

  本当にそうなら党を解体するほうがよっぽどましだ。時間が困窮を潤沢に変えることはない。「因循姑息苟且弥縫、天下万事がこの8文字のせいで崩れる」と言った燕巖(ヨナム)朴趾源(パク・チウォン)の警告と違うところはない。旧態を捨てようと努力することなく、目の前の安逸さだけを取り、誤ったことを当座しのぎで貧しく接ぎ合わせているのが韓国党の姿ではなくて何だというのだ。そのような色あせたひさしを広げ、健康な保守国民が帰ってくるのを待つのは、愚かどころか罪悪に近い。

  2009年のコラムは「カイヨー夫人の裁判」で締めくくった。左派政治家の夫を批判した右派新聞編集長を射殺したアンリエット・カイヨーの裁判で、第1次大戦を目前にして左右に分かれたフランス社会の話だった。その時、カイヨーの弁護人による最終弁論は、2009年の時より今の私たちに大きく響く。「我々はその怒りを心に秘め、外部の敵にぶつけよう。永らく引きずってきたこの災難を一段落させ、一丸となって新しく向き合うべき災難に対抗して前進しなければならない」。

  北核という災難はすでに現実のものとなった。このような時、憲法裁判所長候補を引きずり下ろしたと身内で喜んでいるのは公党がするべきことではない。敗者の席に戻るのが先決だ。勝者をかみちぎるほどの怒りを、自ら腐った患部を取り出して刷新、また一新するために使うべきだ。それだけが敗者復活の道で、北核を克服できる国民エネルギーを集約できる源泉だ。

  イ・フンボン/論説委員
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