1919年? 1948年? 大韓民国の建国めぐり論争

1919年? 1948年? 大韓民国の建国めぐり論争

2017年09月13日14時29分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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1919年の臨時政府から98年が、1948年の政府樹立から69年が経過した現在、大韓民国の社会は「建国はいつか」をめぐり分裂している。保守・進歩陣営がそれぞれ尊重する建国の主役である李承晩(イ・スンマン)初代大統領と金九(キム・グ)臨時政府主席は実際、建国の時点を明確に区分していなかった。写真は1945年12月1日、韓国に戻った臨時政府を歓迎する行事の奉迎式に出席して並んで座った李承晩初代大統領と金九主席。(中央フォト)
  文在寅(ムン・ジェイン)大統領が今年の8・15演説で「2年後の2019年は大韓民国建国と臨時政府樹立100周年を迎える。来年の8・15は政府樹立70年」と規定した。建国は1919年であり、1948年は政府樹立ということだ。

  3年前の2014年8・15には、当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領がこのように述べた。「今日、第69周年光復節(解放記念日)と大韓民国政府樹立66周年を迎え、国民とともにこの意味深い日を慶祝する。祖国の光復(解放)と建国のために献身した先祖の夢、産業化と民主化のために力を注いだ先の世代の夢だった」。 1948年が建国という趣旨だった。さらに時計を6年前に戻すと、李明博(イ・ミョンバク)大統領は「1948年建国」に釘を刺した。李明博大統領は「今年で大韓民国建国60周年を迎える。我々は失った地を取り戻して国を建てた」と述べた。

  大統領が保守か進歩かによって大韓民国の建国の時点は変わる。文大統領は1919年を、朴前大統領、李元大統領は1948年を支持した。これは陣営を分けて相手を排除する基準となった。最近、パク・ソンジン中小ベンチャー企業部長官候補が「1948年の建国を擁護する歴史観を持ち、ろうそく精神に合わない」という理由で与党の共に民主党から辞退を求められた。

  実際、保守・進歩陣営がそれぞれ尊敬する李承晩(イ・スンマン)臨時政府初代大統領・大韓民国初代大統領、金九(キム・グ)臨時政府主席の建国観はそれほど明瞭ではなかった。イ・ワンボム韓国学中央研究院教授は「1948年の建国を主張する人たちは産業化勢力を評価し、李承晩元大統領を建国大統領とする一方、1919年の建国を主張する人たちは抗日運動を強調し、金九先生を象徴的人物と見なし、お互い対立している」とし「この人たちは前者が保守なら後者が進歩側のように浮き彫りにし、陣営論理に閉じ込められている姿」と診断した。

  実際、中央日報取材チームが独立運動史料と歴代大統領の演説文、国会速記録を調べた結果、李承晩元大統領は1919年の建国を主張したりもしたが、48年に建国されたという話もしている。金九主席は臨時政府を「建国の時期に入る過渡的階段」と考えた。李明博元大統領以前の大統領は建国と政府樹立を混用している。

  建国をめぐる論争は2000年代の産物だ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権当時の2004年、韓国近現代史の教科書が左寄りという事実が伝えられながらハンナラ党が集中的に問題を提起し、ニューライト(新保守)運動につながった。このため学界を中心に「国民に実益のない論争を自制しよう」という声が高まっている。政界が介入するより研究を通じた共感を形成していこうという趣旨だ。康元沢(カン・ウォンテク)ソウル大教授は「建国は一つの時点ではなく過程」とし「どちらか一方に並ばせるのは消耗的で分裂的なことだ」と述べた。しかし文大統領の「1919年建国」主張で歴史教科書改訂作業が始まった。「過去」をめぐる現在の争いが再現されている。
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