【その時の今日】乙巳勒約に号泣した張志淵と親日めぐる議論

【その時の今日】乙巳勒約に号泣した張志淵と親日めぐる議論

2009年11月30日14時15分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「金清陰(キム・チョンウム)のように号泣し文書を破ることもできず、鄭桐渓(チョン・ドンゲ)のように割腹することもできず、ただ生き残ろうとしたのに何の面目から勁節(けいせつ)な皇帝陛下にお会いできようか、また何の面目から2000万にのぼる同胞と顔を合わせることができようか」。

  「是日也放声大哭」(1905年11月20日付の皇城新聞に掲載された張志淵の論説)で張志淵(チャン・ジヨン)は国を売り渡した売国奴、乙巳五賊(乙巳勒約に賛成した売国奴のこと)だけではく、勒約に抵抗した韓圭卨(ハン・ギュソル)にも丙子胡乱の当時、降伏文書を破って号泣した金尚憲(キム・サンホン)や割腹した鄭蘊(チョン・オン)のように強く対抗できなかったとして厳しく非難した。

  「先般、伊藤侯爵が来た時、愚かな人民は“侯爵は普段から東洋三国の鼎足安寧を導くと自任した人だから、今回の来韓も朝鮮(チョソン 1392~1910)の独立を固める方策を勧めるためのものだろう”と、官民上下が歓迎に堪えなかった。世の中のことは予測しにくいことも多い。5条約を、何の理由から同氏が提出したのか意外千万だ。同条約は単に朝鮮だけでなく東洋三国の分裂をもたらす兆しがある。伊藤侯爵の本音はどこにあったのか」。同氏は連帯の約束を破った伊藤も非難した。

  同氏は皇帝と民に責任を問わなかった。そのとき、同氏の頭の中は皇帝への忠誠心に満ちていた。また、同氏は韓半島の支配権をめぐる日ロの覇権競争で生き残るための方策として、日本が掲げた人種主義的なアジア連帯論に希望を抱いたこの地の有識者の1人だった。同氏にとって日本はコーカソイド(白色人種)との対決でモンゴロイド(黄色人種)の伝統を守るため連携すべき対象であり、その指導まで甘受しなければいけない対象だった。

  「優勝劣敗と強伸弱屈の現象は耳で聞き目で見ている通りだ」。乙巳勒約(乙巳条約)以降、同氏は社会進化論の影響を受けた。しかし同氏にとって西欧列強が作った弱肉強食の世の中は、分裂と競争のみある小康の世にすぎなかった。「我が東洋は文字の創造以来、文明発達が最高で、およそ5000年間で開花と進歩がに絶頂に達した。政治の術策は、商工業だけを富強の根本にするのは難しい。倫理道徳と文学法律が文明の基礎だ」。

  1909年、朴殷植(パク・ウンシク)とともに大同教(儒教団体)を創建した同氏は、救国の道を儒教の改新と拡張を通した宗教改革から見いだした。国の滅亡に際し、「国家は主人で、東洋主義は客」とし忠誠の対象を皇帝から民族に変えた申采浩(シン・チェホ)も20年代まで自身が「儒者としての限界」を脱却できなかったと告白したではないか。21年に息を引き取るまで儒教の理想郷、大同の世の実現を夢見て、儒教伝統へのプライドと愛着を失わなかった同氏を民族の名で審判しがたい理由である。

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