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【時視各角】13日は親盧と親朴の審判の日?=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2016.04.11 15:31
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13日に審判の俎上に載せられるのは親朴(槿恵)も同じだ。セヌリ党が過半を占めても親朴の損益は別に計算しなければいけない。李漢久(イ・ハング)を前に出した親朴の公認虐殺は失敗を招いた。劉承ミン(ユ・スンミン)のために大邱(テグ)と首都圏で10議席以上を失い、首都圏の親朴は非朴候補に次々とやられた。それでも劉承ミンと親与無所属が多数当選する雰囲気だ。敗着の根本責任は朴槿恵(パク・クネ)大統領にある。まず最初に「背信政治を審判してほしい」「真実の人を選択してほしい」として韓国版「文化革命」を注文したからだ。

親朴の最も痛恨の損失は「朴槿恵」という政治的ブランドが決定的に損なわれた点だ。首都圏と釜山(プサン)・慶南(キョンナム)のセヌリ党候補は朴槿恵マーケティングをやめた。最側近だった具相燦(ク・サンチャン)候補までが「私はすでに切られた切朴」と自ら否定した。ただ、大邱(テグ)の親朴候補だけが40年前の古い白黒写真のように「一度だけ助けてほしい」と泣訴している。

 
親盧と親朴に向かって13日に巨大な津波が押し寄せる兆候が見える。果たして親盧と親朴が怒った民心の波を突き抜け、自ら変化し、新しい政治勢力に生まれ変わることができるだろうか。容易ではないだろう。これには英国のブレア元首相の自叙伝を参考にする必要がある。ブレア元首相は18年ぶりに労働党政権を取り戻した歴史をこのように回顧した。「英国を変えることより労働党を変えるのがさらに難しかった。労組が握った党首選挙を正し、『共同所有』という党憲まで変えた。ひたすら『教育、また教育』だった。内部説得が最も難しく厳しかった」。政権交代より政治交代がそれだけ難しいということだ。

イ・チョルホ論説室長


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