【時視各角】私たちにとって太極旗とは=韓国(1)

【時視各角】私たちにとって太極旗とは=韓国(1)

2017年03月01日15時26分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  振り返ってみると普段は特に太極旗(韓国の国旗)について考えずに暮らしている。祝日に太極旗を出して掲げたりもしないため無関心な方だ。水や空気のようにいつも享受して暮らす日常的なもの。太極旗は私にとってそういうものだ。日常とはそれほど緊張感なく流れ、人にとって切実なものは欠乏したものだが、この時代の私たちに太極旗は欠乏ではないからだ。

  しかしよく考えてみると、太極旗によって感動したり慰められた場面は少なくない。韓国の選手が世界大会で優勝し、愛国歌が響く中で太極旗が掲揚される光景は、いつも胸を熱くさせてカタルシスを伝えた。太極旗を強く感じさせる瞬間も多かった。外国の街を歩いてふと太極旗を発見した時、自ずと足が止まり、それによって満たされた気持ちになったりした。外国出張で行く官公庁の万国旗から太極旗を発見した瞬間はうれしく、その見慣れない空間にも愛着を感じるほどだった。さらに外国の飲食店に飾られた万国旗の中でも私の目は急いで太極旗を探したし、それを見つけてこそ安心した。

  また、考えてみると太極旗は日常の中でもふと悲壮な感情や愛着、悲しみやもどかしさのような非日常的な感傷を呼んだりした。今日のような三一節(独立運動記念日)に日帝時代独立運動の歴史を記録したドキュメンタリーや映画を見る時、古い寺の修復中に日帝時代の独立活動家が隠しておいた色あせた太極旗を発見したというニュースをに接した時…。解放後の世代である私たちにはない記憶だが、かつて国を失った歴史は韓国人の集団無意識の中に刻印された最も痛恨の記憶として残っているはずだ。そのため太極旗にはいつももの悲しさがある。

  「太極旗勢力」。この言葉を聞くたびに当惑するのは私だけだろうか。大統領弾劾政局で賛否の意見は誰でも表現することができる。その賛否の対極にろうそくの火と太極旗が向き合うところまではやむを得ないとしよう。一つ太極旗を前に出して分裂と憎しみを話し、法治主義を毀損する憲法裁判所の決定への不服を論じ、太極旗の竿が記者を殴る道具に変わるのを見ると当惑してしまう。失った国を取り戻そうと胸に太極旗を抱いて死を覚悟した先祖に申し訳なく、また国民全員にとって統合の象徴である太極旗が「分裂のコード」に見えて嫌う人たちが出てこないか心配になるからだ。しかし私は太極旗陣営の愛国心だけは信じる。一部の既得権守護勢力の扇動もあるだろうが、ほとんどは私たちの歴史の発展のために太極旗を手にしたはずだ。

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