【その時の今日】日本人ではなく朝鮮人にだけ適用した野蛮的「苔刑令」の恐怖

【その時の今日】日本人ではなく朝鮮人にだけ適用した野蛮的「苔刑令」の恐怖

2010年03月18日16時20分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「第1条:3カ月以下の懲役または拘留に処する者は、苔刑に処することができる。第4条:罰金や科料を苔刑に変えた場合には、1日の拘留または1ウォン分を鞭一叩きとして打つ。1ウォン未満は1叩きで計算する。ただし、苔刑は5叩き未満であってはならない。第11条:苔刑は監獄または即決官署で秘密裏に執行する。第13条:本令は朝鮮人に限って適用する」

  1912年3月18日、朝鮮総督府は「朝鮮苔刑令」を制定、公布した。日本はこれに先立ち「犯罪即決令」を公布して3カ月以下の懲役や苔刑は正式な裁判を通さずに憲兵大将や警察署長が任意に処分することにした。これらの法律は総督府の公的である処罰手段だったのみならず、日本警察の私的な報復手段でもあった。野蛮的暴力が「文明的法治」の名の下、横行した。合わせて制定された「警察犯処罰規則」は「一定の住居や生業なしにあちこちを徘徊する者」「むやみに人の前を阻んだり付きまとったりする者」「官署の督促を受けても煙突の改造、修繕あるいは掃除を疎かにした者」など、警察に目をつけられた者は韓国人なら皆、苔刑を加えることにした。

  総督府はその年末、執行者の私感が作用する余地を減らすために再び「苔刑執行心得」を制定した。「第1条:苔刑は受刑者を刑板の上に伏せさせ、両腕を左右に開いて刑板にくくり両足も縛ってから、尻の部分を露出させて鞭で打つ。第11条:刑場に水を準備して随時に受刑者に水を浴びせることにする。第12条:受刑者が悲鳴を上げる恐れがある時には水に濡らした布地で口をふさぐ」多少緩和された野蛮性がこの程度だったので、その前の苔刑がどのようなものだったかは十二分に見当がつく。

  人類が初めて法を作った際、「罰」は「罪」に対する報復であるだけだった。被害者が私的にかたきを討てない場合に限り、国家が介入するのが普通だったから、「刑罰」とは「国家が被害者とその親族の代わりに復讐すること」だった。ハンムラビ法典も「八条法禁」も「目には目を、歯には歯を」という観念を盛りこんでいた。犯罪が個人の非定常性または逸脱の結果という考えが定着したのは近代以後だった。合わせて刑罰も「報復」ではなく「矯正」の意を持つようになった。しかし数千年になった観念が一気に変わるということはない。今も「罪と罰」に対しては互いに違う考えが力を競っているので監獄が「教導所」になって、その後「刑務所」になったりしたことや、死刑制度の存廃をめぐる論難が続くのはすべてこのためだ。

  チョン・ウヨン・ソウル大学病院・病院歴史文化センター研究教授

  
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