주요 기사 바로가기

【噴水台】言葉の恐怖政治=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.11.28 14:03
0
昨日、新聞におもしろい写真が掲載された。朴槿恵(パク・クネ)大統領が笑顔で卓球をしている姿だ。大統領の20代の当時の写真が一緒に掲載されていた。青瓦台の家族行事で、同じく卓球を楽しむ場面だ。36年の間隙のためだが、2枚の写真の表情は全く違う。

若い朴槿恵ははるかに真剣で、力が入っている。絶対に負けないという勝負への欲が感じられる。大統領の朴槿恵ははるかに柔らかい。力が抜けたところに余裕があふれる。勝負より重要なものが何かを知っている顔だ。

 
経綸の力だ。見るだけで微笑ましい。ところが、その大統領の発言を聞けば話は変わる。「積弊は経済の活力を失わせる元凶」「役立たない規制は我々の怨讐であり、我々の体を殺していく癌の塊」「一度に断頭台にのせて規制革命を実現する」…。聞くだけでぞっとする、過激で破壊的な言語が続く。時間が経つほど強度を高める。

不必要な規制をなくすべきだというのはまさにその通りだ。改革に消極的な公務員を奮い立たせようという意図もあるのだろう。しかし「言葉の恐怖政治」で得られるものは何もない。革命を考えればなおさらそうだ。

フランス革命の時、恐怖政治を主導したロベスピエールの武器は沸く血が吐き出す雄弁だった。国民公会を主導した2年余りの間、871回も演説をし、そのたびに「自由の敵」を処刑しろと叫んだ。彼は人民主権という理想に命を捧げる覚悟になっていたが、最後まで民衆を象徴する「サン・キュロット(長ズボン)」を拒否し、貴族的な「キュロット(半ズボン)」姿で断頭台に上がった。もしかするとそれがロベスピエールの限界だったのかもしれない。大きな声より自ら見せる小さな行動がより強い力を持つことが分からなかったのだ。

大統領の誠意は疑わない。しかしその誠意のためにも言葉より行動で見せなければいけない。卓球をする時の表情でだ。他人に要求する前に自分から先に譲歩してこそ、そのような表情が出てくる。自分の耳に障る指摘は聞き流し、他人の耳に大声で叫んでも従う人はいない。声が大きくなるほど耳をふさぐだけだ。

米国の作家ワシントン・アーヴィングの短編小説の主人公リップ・ヴァン・ウィンクルはこのように話す。「激しい性格は年を取っても丸くならず、激しい言葉は使うほど角が立つ」。大統領の卓球を見ると、前の部分は事実でないかもしれない。しかし後の部分は万古不変の真理だ。

イ・フンボン国際部長

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0
    TOP