「今、伝えなければ…」ナヌムの家研究員村山一兵さん

「今、伝えなければ…」ナヌムの家研究員村山一兵さん

2008年01月24日12時12分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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日本軍慰安婦被害女性問題の解決に向けて日本大使館前の水曜集会に参加している村山一兵さん(後)。797回目である23日の集会には被害者の1人であるキル・ウォンギョクさん(81、前)が氷点下の寒さにもかかわらず共に参加した。



  日本軍の慰安婦被害者問題解決のため水曜集会。23日、ソウル中学洞(ソウル・チュンハクトン)の日本大使館前で開かれた797回集会の現場には日本人の姿もあった。

  27歳の村山一兵さん。彼は日の丸が翻る大使館の建物を見つめながら「日本政府は責任を直ちに認め、真相を究明しろ」と叫んだ。2006年4月から京畿道広州(キョンギド・クァンジュ)にあるナヌムの家の日本軍「慰安婦」歴史館で研究員として仕事をしながら、ほとんど毎週のように水曜集会に参加している彼に現場で会った。

  村山さんの韓国語は非常に流暢だった。まず、彼が韓国に来るきっかけについて尋ねた。「川崎が地元なので小さいころから在日韓国人の友人が多かったんです。高校時代に親しかった彼らの影響で韓日関係について勉強するようになりました」

  父母の影響もあったという。「両親は1960年代に学生運動をする中で出会いました。全闘共最後の世代だと言っていました。父は日本で働いている外国人労働者を助ける仕事をしています。そのような両親を見ながら(社会問題に対する)関心を育てていきました」

  法政大学政治学科に入学した彼は、延世大学に交換学生として2003年にソウルの土を踏んだ。政治学科や社会学科の授業を聞きながら、ナヌムの家でボランティアを始めた。清掃もしておばあさんたちの話し相手にもなった。

  ――ナヌムの家はどうして知ったのか?

  「日本でも韓日関係に関心がある人はナヌムの家をよく知っています。僕もその中の1人です」

  そして重大決心をする出来事が起きた。2004年にナヌムの家で暮らしていたキム・スンドクさんが83歳で突然、この世を去ったのだ。

  「家族のようなおばあさんの死はあまりにショックでした。亡くなる2週間前まで一緒に話もしていたのに…」

  日本に戻って大学を卒業した彼は、結局「より多くの慰安婦だったおばあさんが世を去る前に何かをしなければならない。頭だけで考えずに行動に移さなければならない」と、2006年におばあさんたちの元へ「帰ってきた」と話した。そのときからボランティアメンバーではない研究員としておばあさんたちと寝食を共にしてきた。現在ナヌムの家で唯一の日本人研究員だ。

  「被害者であり証人であるおばあさんが現在109人生きていらっしゃいますが、健康状態があまり良くありません。ナヌムの家にいた方の3人が今、入院しています。1日も早く問題が解決されなければと思います」

  特に体力の低下で証言や集会への参加などが難しいと訴えるおばあさんが増え、それが非常に残念だという。韓日の架け橋としてさらに積極的に取り組みたい思いから、慰安婦の被害者に関する漫画を日本語に翻訳したこともあった。その漫画は漫画家クォン・テソンさんが韓国挺身隊問題対策協議会とナヌムの家から得た資料と証言を元に描いた『もう一度生まれたら、花に』。彼はこれを翻訳してインターネットに載せると、『戦争と性-韓国で「慰安婦」と向き合う』というに収録された。日本の植民地下にあった1926年、ヨニという朝鮮の少女が日本軍からの強制連行を体験する悲しみを描いたものだ。彼の努力で日本で最初に知られ始めたこの漫画の韓国語版は今月出版され、英訳本(Born Again as a Flower)も出版された。彼は翻訳本を「ネイバージャパン」と「ヤフージャパン」のサイトに載せた。掲載から3日ほど過ぎると右翼たちによる悪質な書き込みでいっぱいになった。

  「『慰安婦は存在しなかった』という書き込みが多いですね。れっきとした証拠が日本軍の資料にも残っているのにですよ。でもそれより重要なことは日本の普通の人々の考えです。右翼らの考えは柔軟性も何もないが、普通の人々はこの問題に対して知らない人が多いんです。そんな中、右翼たちは有名な漫画家に高額を支払って自分たちの主張を込めた漫画を描かせています。慰安婦を悪いキャラクターに設定して描くんですよ。そんな背景があるから『もう一度生まれたら、花に』の翻訳に打ち込みました」

  今は2月16日から22日までナヌムの家で開かれる韓日大学生と被害者のおばあさんが交流するワークショップ『ピースロード(PaeceRoad)の』準備に忙しい。彼はいつまでナヌムの家にいるつもりなのか。

  「決まってはいませんが、今後、少なくとも2~3年はいるつもりです。やらなければならないことがたくさんあります」

  今、伝えなければいつ伝えるのかと彼は言う。それは日ごろからおばあさんとともに暮らしている彼が痛切に感じていることだ。

  日本人だからこそ、韓日関係の暗い過去の歴史を清算するのに力になれたらという。この日の集会とインタビューには彼のいちばん下の弟、龍太さん(19)も参加した。龍太さんは兄の誘いで昨年から数回、ナヌムの家を訪れ、ボランティアをしている。
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