【社説】日本外相の浅薄な歴史意識

【社説】日本外相の浅薄な歴史意識

2006年02月01日13時33分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「天皇の靖国神社参拝がいちばん望ましい」 日本外相の麻生太郎氏の言葉だ。

  話にならないことはない。

  日本を象徴的に代表し、なおかつ戦争責任から自由ではない天皇が直接すればよいという話であるだろう。

  しかしいくら総裁選挙を目前にした政略的発言でも言うべきこととそうでない言葉がある。多くの日本の神社をめぐり韓国も中国も物申したことはない。ただ靖国神社に対してのみ言うのだ。

  なぜか?

  靖国は日本帝国主義の侵略歴史を美化する代表的な宗教機関だからだ。

  一度聞いてみよう。

  これまでの天皇が靖国神社を参拝したのか。われわれが知っているのは天皇は太平洋戦争A級戦犯の位牌が靖国に移された1978年以後、参拝を中断している。

  なぜか?

  その合祀の意味が侵略戦争の美化に触れたためだ。それなのに麻生外相は「タバコを吸うなと言えばもっと吸いたくなるのと同じ」と首相の靖国参拝を擁護した。それとともに天皇の参拝を促した。一言で政略的戦線の拡大であり、政治的出世のためならどんな手段もいとわないという切迫さが感じられる。

  一国の、それも国連の安保理常任理事国を狙うという国の外相がアジアの多くの人々に忘れられない傷をつけた侵略歴史問題を喫煙心理にたとえるとは。所信をうんぬん述べては靖国参拝を続ける小泉首相さえも、今回はあわてて「個人的意見」だと言いながら鎮火に乗り出したほどだ。

  麻生外相が「隣近国家とは良い関係を結びにくいというのが私の基本認識」と言ったことは知っている。総務相時代「創氏改名は朝鮮人が願ったこと」と言ったことも覚えている。

  それでは彼を任命した小泉首相は何か。その首相に外相か。こんな批判も内政干渉だろうか。それとも酷い、過去に対しての絶え間ない自主合理化だというのか。

  もう一言だけ言おう。

  ワイツゼッカードイツ元大統領の1985年演説。

  「記憶するということは過去を歪曲せずに振り返り、自分の内的な生の一部になるようにすることだ。これには真の誠実さが要求される」
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