「金日成主席、10代の時に友達のお金を盗んで殺害」

「金日成主席、10代の時に友達のお金を盗んで殺害」

2017年11月09日15時02分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
comment
0
share
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixi
  北朝鮮の金日成主席の過去の行跡が入った米中央情報局(CIA)機密解除文書の内容が最近、注目を集めているとボイス・オブ・アメリカ(VOA)放送が7日(現地時間)、報じた。

  CIAは1949年に作成された「金日成主席の正体(identity)」というタイトルの文書で当時北朝鮮の指導者として活動していた金日成主席は実際『金成柱(キム・ソンジュ)』という人物で、金成柱が金日成になるまでの行跡を追跡した。

  この文書によると、実際の金日成将軍は日本陸軍士官学校を卒業して1919年白頭山(ペクドゥサン)を拠点に抗日運動を展開した人物だったが、ある瞬間その存在が消え、金日成という名前に名を変えた金成柱が存在した。金日成主席の正体が金成柱という主張は過去にも何度も提起されてきたが、CIA文書を通じて同じ主張が出てきたのは今回が初めてだ。

  この文書に記録された金成柱の生涯は次の通りだ。だが、様々な主張が存在しており、事実の確認は不可能だ。14歳の時、両親について中国満州に移住した金成柱は、通っていた学校でクラスの友達のお金を盗んで彼を殺害した後、逃走した。その後、中国の他の地域に住んでいたが、ソ連に行く資金を設けるためにハルビンで崔(チェ)という男性を殺害した。

  金成柱は18歳の時、中国共産党の初期指導者である李立三に出会い中国共産党員になった。1931年10月、李立三は金成柱の名前を金日成に変え、その金成柱は金日成という名前で白頭山一帯のゲリラ軍司令官として活動した。金成柱の活躍に満足した李立三は金成柱を高位職に昇進させた。金成柱に対するうわさはついにソ連のスターリンにまで入ることになった。その後、日本が第2次世界大戦で敗北し、スターリンと金成柱は韓半島(朝鮮半島)共産化の黄金期を迎えることになったとCIAは主張した。

  スターリンが金成柱に消えた金日成将軍としての人生を受け入れるように指示したのもこの時期だった。この文書によると、ソ連側は金成柱を金日成に変えるために3年にかけて苛酷な訓練をさせた。

  VOAはこの文書が1949年9月、CIAによって作成されたものであり、その年12月に国務省などに報告されたと報じた。この文書の機密解除が行われた時点は2011年だった。

  VOAはもう一つのCIA文書を引用して金日成が1951年6月6日、身元が不明な北朝鮮軍将校に暗殺されるところだった事実も伝えた。この文書によると、当時金日成は右肺を負傷し、平壌(ピョンヤン)の中央人民病院に移されて治療を受けた。

  軍事編纂研究所のチョ・ソンフン戦争史部長は「金日成将軍の変身説は光復(解放)以降、引き続き提起されたもので新しい内容ではない」とし、「2人の金日成が存在すると学界は見ている」と話した。
【今日の感想】この記事を読んで・・・
興味深い
悲しい
すっきり
腹立つ
役に立つ

今日のイチオシ記事