【中央時評】“韓国国宝1号”崇礼門のきのうときょう(2)

【中央時評】“韓国国宝1号”崇礼門のきのうときょう(2)

2013年05月06日11時48分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  歴史は複製することはできない。しかし崇礼門の復旧は単純複製ではなく原形そのままの復活で、優れた職人があらゆる誠意を傾けた芸術のためその歴史的意味は大切だ。日帝が壊してしまった基壇両側の城郭も本来の姿を取り戻し歴史復元の意味を厚くした。

  ただ崇礼門がいつまで国宝1号の象徴性を守るのかは疑問だ。無礼にも朝鮮の正宮である景福宮(キョンボックン)を壊しその場に総督府の建物を建てた日帝は崇礼門を朝鮮古跡第1号に指定したが、それが大韓民国国宝第1号につながった。崇礼門が門ならば景福宮は母屋だ。重建された母屋を差し置いて新たに建てた門を国宝1号として残すのは望ましくないとの主張が出てくる。世界記録遺産であり国宝70号である訓民正音解例本を国宝1号に指定しなければならないという主張も説得力を持って提起される。そうかと思えば国宝に順位を付けること自体が不適切という見解もなくはない。今後汎国民的な議論が望まれる。

  振り返ればわれわれは文化財保護だけがおろそかだったのではない。自虐の筆に憎悪の墨汁をつけて書いていったイデオロギー歴史観、大韓民国の建国と発展の姿をけなす歴史わい曲の放火の前に韓国の青少年は真っ裸のように露出している。「人必ず自ら侮りて然る後に人これを侮る…国も自ら害した後に人の手で滅びる(夫人必自侮然後人侮之…国必自伐而後人伐之)」。孟子の警告にひやりとする。

  復旧しなければならないのは崇礼門だけでない。傷だらけであるわれわれの歴史意識にも省察深い復元がなされなければならない。「国と歴史に対する礼儀」を回復することこそ真の崇礼だ。何よりも歴史教育が正しい位置に立たなくてはならない。600年ソウルを守ってきた昨日の崇礼門が南の火気を防いだとすれば、今日の崇礼門は「ソウル火の海」を狙う北側の火気をしっかりと防がなければならないためだ。いまは国民すべてが崇礼門の守門将だ。

  李宇根(イ・ウグン)・法務法人忠正代表

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