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【コラム】韓日関係、このまま放置してはいけない(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.07.02 10:35
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21ページの報告書と日本の外相・官房長官・官房副長官補、検証チーム座長の記者会見内容を総合すると、強制連行はなかった、慰安婦の証言をすべて信じるのは難しい、文案は韓国と協議して作成した、日本は基金(女性のためのアジア平和国民基金)などで誠意を見せたが韓国が後に言葉を変えた、それでも談話の修正はしない、今後こうした点を国際社会に広く知らせる、などと要約される。韓国の慰安婦被害者団体が基金を受けるという意思を表明した一部の慰安婦の実名に言及したり、「汚い金を受け取るな」「受ければ売春婦であることを認めることになる」として苦しめたという部分については、「公式文書にこういうものまで入れたのは納得しがたい」(趙世暎東西大特任教授)という指摘がある。しかし安倍政権はすでに韓国側の声に耳をふさいでいるようだ。私が見るに、日本は談話を検証し、目は韓国に、耳は米国に焦点を固定したようだ。いずれにしても、慰安婦問題を形式的にでも解決する道はさらに遠ざかった。自動車でいえばバンパーの役割をしてきた韓国の知日派と日本の親韓派の立場はさらに狭まった。

両国間の感情の谷は悪化の一途だ。過去に目を向けてみよう。1598年11月、日本との7年戦争(壬辰倭乱・丁酉再乱=文禄・慶長の役)が終わった。日本は豊臣秀吉から徳川家康幕府に権力が移った。何度かの使節派遣を経て、朝鮮は1636年にまた公式的に通信使を日本に派遣する。倭乱からわずか38年。本人または親の世代の怨恨が残っていた。通信使の心情はどういうものだったのか。「壬辰の乱、誰も悔しくないはずはない」「我々の道を考えると、愧涙(恥ずかしい涙)を禁じえない」という、血の滲むような恨みが今まで詩文で伝えられている。しかし当時は満州で興起した後金(清)が朝鮮をにらんでいた時期だった。1627年に丁卯胡乱が起き、1636年には丙子胡乱という途方もない悲劇が朝鮮半島を襲った。国を安定させるためにやむを得ない国交の再開だったのだ。外交とはまさにここにある。大衆が好む話ばかりするのは簡単だ。そのような官僚・政治家であるほど、後の処理の時は尻ごみする。それで誰かが話した。「群衆の一番前に立ち、『あそこに敵がいる』と叫ぶその者がまさに敵だ」と。今日、日本政府が閣議で集団自衛権行使方針を公式議決し、一方では北京で北朝鮮と局長級協議を開き、明日は中国の習近平国家主席が国賓として韓国を訪問する。韓国の外交は壬辰倭乱直後に劣らない試験台に立っている。

 
ノ・ジェヒョン中央ブックス代表


【コラム】韓日関係、このまま放置してはいけない(1)

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