「日本軍慰安婦を称える碑」建設を先導した米国人

「日本軍慰安婦を称える碑」建設を先導した米国人

2010年10月25日11時44分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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スティーブ・カバルロさん(右)が自分がデザインした日本軍慰安婦の碑の後ろで記念写真を撮っている。
  



  米国の代表的な韓人タウンであるニュージャジー州パラセイズ・パーク市が23日(現地時間)、日本軍慰安婦を追悼する碑を建設した。

  米州韓人の権利伸長運動を行う韓人有権者センター(KAVC)と地域住民が始めた建設への努力が1年5カ月で実を結んだ。西欧国家で日本軍慰安婦追悼の碑が地方政府承認の下で建てられたのは今回が初めてだ。縦横約1メートル大きさの大理石でできた碑には「1930年代から45年まで日本帝国主義の軍隊に踏みにじられた20万人の女性と少女を称える」とし「慰安婦と知られた人々は想像することができない無惨な人権侵害にあった」と説明した。

  「私たちは人類に対するこの残酷な犯罪を決して忘れてはいけない」と書いた。碑には日本軍によって虐待されている慰安婦の姿も刻まれた。デザインはパラセイズ・パーク図書館責任司書スティーブ・カバルロさんが行った。

  画家でもある彼は91年、韓国人の友達から初めて慰安婦の話を聞いた。当時は「まさか」と半信半疑だった。しかし本や新聞を通じて日本軍の蛮行を確認し、彼は慰安婦に関心を持つようになった。11年前、韓国人と結婚した後、自分の考えを実践に移しはじめた。2008年9月にはソウルの慰安婦の憩いの場を直接訪れた。おばあさんたちと1週間を過ごし、慰安婦糾弾デモに参加したりした。

  2009年夏、彼は図書館近くで署名運動をする10代韓人学生たちと会った。KAVCで夏休みインターンをする学生たちだった。これらは炎天下、韓人有権者を回って日本軍慰安婦の碑建設のための署名を集めていた。

  幼い学生たちの努力に心が動いたカバルロさんは気軽に彼女らを助けると立ち上がった。慰安婦のための「ナヌムの家」募金のために図書館を貸したことはもちろん、自分と同僚画家の作品まで出した。碑のデザインも彼が作業した。図書館責任者である彼はパラセイズ・パーク市説得も率先して行った。

  韓人社会はもちろんカバルロさんのような白人援軍まで出ると、ジェームズ・ロタンド・パラセイズ・パーク市長も碑建立を助けた。最初「韓人たちの問題だから韓人教会にでも建てなさい」という反対の声が強かった市議会も、結局、碑の建設決議案を満場一致で通過させた。

  カバルロさんは「ドイツ・ナチス治下のユダヤ人虐殺であるホロコーストを忘れないためにユダヤ人は米国のあちこちに記念碑を建てた」とし「日本軍の蛮行を証言してくれるおばあさんたちが生存しているときに歴史的真実を伝える碑を建設しなければならない」と強調した。

  この日の除幕式にはロタンド市長を含め、市議会および図書館関係者と同胞ら100人が出席した。KAVCキム・ドンチャン所長は「2007年、米州韓人たちの草の根の力により連邦下院で日本軍慰安婦決議案通過を導き出したが、日本がこれを無視する態度で一貫し、このイシューが忘れられそうだった」とし「今後、ニューヨーク市フラッシングとロサンゼルス市オレンジカウンティを含む米国内20カ所に碑建立を拡散する計画だ」と話した。
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