【社説】三一節96周年、韓国人は自身に問うべき時期が来た

【社説】三一節96周年、韓国人は自身に問うべき時期が来た

2015年03月02日15時27分
[ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版]
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  三一節96周年である昨日、朴槿恵(パク・クネ)大統領は「日本が勇気を持って歴史的真実を認め、韓国と手を握って未来50年のパートナーとして新しい歴史を刻んでいくことを願う」と述べた。就任以降、3度目となる三一節演説で朴大統領発言の基調に大きな変化はなかった。

  両国関係が一歩も前進できていないのは、歴史認識で第2次大戦以前に回帰しようとする退行的過ちに陥っている日本の責任が大きい。われわれは日本が敗戦70周年の今年からでも歴史認識において根本的な変化があることを願っている。しかし、韓国もやはり過去の問題から手を引けずにいるのも事実だ。北朝鮮の核問題を含め、外交・国防・経済分野の懸案事項が両国間に山積しているのに、何年も日本の反省ばかりを促しているのももどかしいことだ。たとえ日本に帰責事由があるとしても、これは決して歓迎するほどの事態展開ではない。

  三一節は国民が日本からの独立を念願した日だ。しかし、三一節は近代韓国人が初めて自己のアイデンティティを認識するなか、世界に向かって2つの足で立ち上がった日でもある。日帝の強制併合からおよそ10年経って、韓国自らが民族の自我を持つようになった日なのだ。それ以前の朝鮮人は自身のアイデンティティを持ったことがない。両班(ヤンバン)と庶民の二分法の下、怒りと憎しみだけがその周辺でからまっていただけだ。そのような汚辱を払い落とし、近代人としての韓国人が初めてその姿を表わしたのがまさに三・一運動運動だった。抗日に加えて近代韓国人として新たな一歩を踏み出したのだ。

  今、韓国は世界に向かって声を出す立派な近代国家になった。しかし、果たして韓国人の内面的意識はどれくらい近代化されたのだろうか。しかも、いまだに南北に分断されたまま完全な民族国家を完成させられずにいる。社会意識の面でも西欧的成熟というよりは南米型ポピュリズムのほうに陥っていることが韓国民主主義の現段階だ。三一節100周年がもう数年先に迫っている。われわれが本当に覚えておかなければならないことはまさにこうした点だ。日本に対してだけではなく、韓国人が自分自身に対しても問うべき時期が来た。
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