【コラム】平昌五輪は南北関係の希望の場ではない(2)

【コラム】平昌五輪は南北関係の希望の場ではない(2)

2017年12月06日11時25分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  南北は五輪を関係改善の好材料としてきた。最初の南北首脳会談開催から3カ月後の2000年9月には欧州シドニー五輪で初の同時入場が実現した。2002年9月の釜山(プサン)アジア競技大会では南北同時入場とともに北朝鮮から来た応援団が話題になった。翌年の青森アジア冬季競技大会、2004年アテネ夏季五輪、2006年トリノ冬季五輪、2007年長春アジア冬季競技大会でも南北同時入場は続いた。しかし北朝鮮は2008年北京五輪で南北応援団が京義(キョンウィ)線列車を利用して参加することに合意しながらも、履行しなかった。情勢変化や南北関係、韓国政府の性向などによってスポーツ協力の程度が変わる限界を表したのだ。

  北朝鮮の挑発パターンをみると、韓国の国際スポーツ行事日程や南北間の合意履行に拘束されないという点を確認できる。北朝鮮は2002年韓日ワールドカップ(W杯)3位決定戦(韓国-トルコ戦)が行われた6月29日、第2次延坪(ヨンピョン)海戦を起こした。88ソウル五輪を控えての大韓航空858機爆破事件は、北朝鮮にテロ支援国家の足かせをはめた。

  北朝鮮は大成山(デソンサン)体育団に所属するフィギュアスケート・ペア種目のヨム・デオク-キム・ジュシク組が自力で出場権を獲得した状態だ。しかし10月末の国別1次参加登録の締め切りに申請書を出さなかった。最終の選手団登録締め切りは来年1月29日であり、まだ時間は残っている。平昌に来るかどうかについてはまだ閉口している。最後まで眺めて参加による得失を計算すると予想される。金正恩労働党委員長は執権後、国際スポーツ行事には情勢と関係なく参加させる姿を見せてきた。「国家核武力完成」宣言をきっかけに来年初めに対南融和攻勢に転換するかどうかも北朝鮮参加の変数だ。

  韓国社会の一部では、北朝鮮の参加が平昌冬季五輪の興行と成否を左右するという主張が広まっている。北朝鮮を参加させることに没頭するあまり身代金が上がったという指摘もある。北朝鮮の参加を歓迎するという原則的な立場を堅持し、他国と同じレベルの客として迎える準備をすれば十分だ。北朝鮮の挑発に対応した制裁・圧力と防御訓練を怠らないことも重要だ。88年ソウル五輪当時は北朝鮮の挑発の可能性に備えて韓米戦力をさらに増強し、結局、北朝鮮の誤った判断と動きを抑止する効果を出したというのが、軍元老の話だ。

  今年5月に発足した文在寅政権は6・15共同宣言発表17周年、8・15光復節(解放記念日)、10・4宣言10周年などをきっかけに南北関係の突破口が開かれることを希望した。北朝鮮の扉をノックしたが、いつも金正恩委員長の挑発カードが返ってきた。緻密な体北朝鮮戦略なく、カレンダーやイベントを眺めるだけでは解決しない。平昌冬季五輪に北朝鮮が参加すること自体が南北関係の希望になるという期待は捨てるのが正しい。

【コラム】平昌五輪は南北関係の希望の場ではない(1)

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