【現場から】「強制徴用少女」の失われた73年…時間がない

【現場から】「強制徴用少女」の失われた73年…時間がない

2017年08月09日16時40分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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日帝強制徴用被害者。(写真=勤労挺身隊被害者と共にする市民会)
  8日午前、光州(クァンジュ)地方裁判所304号法廷。日帝強制徴用被害者と死亡者の遺族など2人が日本の戦犯企業である三菱重工業を相手取って起こした損害賠償訴訟で裁判長が原告一部勝訴判決を下した。強制徴用73年ぶりに実現した歴史的な瞬間だった。

  しかし、原告のうち1人で、1億2000万ウォン(約1163万円)の賠償判決を下された当事者であるキム・ヨンオクさんは席にいなかった。高齢のキムさんは体調が悪くて法廷に出席することができなかった。もう一人の当事者であり、強制徴用現場で地震事故で亡くなった故チェ・ジョンレさん(当時17歳)の空席には甥嫁のイ・ギョンジャさん(74)が座っていた。

  原告一部勝訴判決を引き出した訴訟代理人も安堵のため息を吐いたが、表情はそれほど明るくなかった。キムさんが生前に三菱重工業と日本政府から賠償と謝罪を受けることができるかどうか保障できないからだ。

  大韓民国で行われている日帝強制占領期に強制徴用被害者の日本企業を対象にした損害賠償訴訟は計14件。この中で3件は最高裁判所上告審、または再上告審が進行中だ。残りの11件は1審や2審段階だ。このような訴訟は2000年5月に始まったが、完全に結論が出た事例はない。

  最高裁判所は強制徴用被害者が訴訟を起こして相次ぎ敗訴すると、2012年5月の破棄差し戻しで事件を差し戻した。被害者が賠償を受けることが求められるという趣旨だ。これと同時に行われた破棄控訴審では被害者が相次ぎ勝訴判決を受けた。

  だが、そこまでだった。最高裁判所は再上告審に対する結論を下していない。初訴訟に対する再上告が行われた2013年7月以降、4年が過ぎても再上告審が終わっていない。司法府の事実上職務放棄のために当初訴訟を提起した原告の中で4人が確定判決を受けないまま息をひきとった。

  キム・ヨンオクさんは1944年、愛知県の三菱重工業名古屋航空機製作所でつらい労働を強いられたが、一銭も受けることができなかった。12歳の時だ。少女はただお腹がすいて、勉強をしたくて日本人の話にだまされて勤労挺身隊に行った。

  少女の失われた時間に対して謝罪と賠償ができる時間はあまり残っていない。「最高裁判所は高齢の被害者たちが目をとじる前に役割を全うすべきです。日本政府と企業も責任ある姿勢を見せなければなりません。時間がありません」。裁判に勝っても微笑みを浮かべることができなかった、キムさんの訴訟代理人である法務法人ジウムのキム・ジョンヒ代表弁護士の訴えだ。
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  • 日帝強制徴用被害者。(写真=勤労挺身隊被害者と共にする市民会)
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