【時視各角】文在寅の「ホワイトハウス式会見」に対する感想文
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.01.16 08:44
大統領記者会見前、青瓦台(チョンワデ、大統領府)は「ホワイトハウス式の会見」になるだろうと言った。そのためじっくりと拝見させてもらった。結論から言えば失望に終わった。「自信はどこから出てくるのか」という特定の質問が議論になったが、問題の核心はそこではない。会見のやり式、青瓦台出入り記者の職業精神(資質を含む)だ。ホワイトハウス式の会見といったが、ホワイトハウスとは異なる点を指摘してみたい。
まず質問。記者会見の主人公は大統領ではない。記者だ。真剣勝負の場だ。ところが青瓦台記者団は大統領に主人公の席を譲った。「新年おめでとうございます」「このような年になったら良いです」…、そのような個人儀礼は後で別にやれば事足りる。そんな時間あるなら、回答の途中や回答が終わったらすぐに追加の質問をするべきだった。青瓦台もこれを許可すると言ったではないか。ところが蓋を開けてみれば、質問権を得た22人のうち2人だけしか追加質問をしなかった。それすらも「真の」追加質問ではなかった。かなり前から予告された会見だったなら、キム・テウ行政官の暴露を「個人の逸脱」と大統領が主張することを予想して「では、キム・テウは青瓦台という組織の構成員ではなかったということですか」とすぐに踏み込むべきだった。追加質問は許可を受けてするものではない。限られた時間、同僚への配慮、「目をつけられること」への心配など複合的な要因があっただろう。それでも記者は自分が納得するまで短答型で質問し、また質問をぶつけるべきだった。どう見ても記者が納得していないことが分かるのに、見ている国民は納得できただろうか。鍛練と根性、批判意識の不足としても感じられた。
昨年9月26日、直接現場で見たトランプ大統領とNBC記者の攻防を要約して紹介しよう。