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王建の直筆、学界初公開の前日に真偽論争=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.10.16 14:09
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高麗の太祖・王建の直筆か、朝鮮文筆家、孤山・黄耆老(ファン・ギロ)の書か。

15日に公開された王建の書に対し、真偽をめぐる論争が起きている。韓国国学振興院はこの日、17日に開かれる学術大会「嶺南儒林の節義と士林精神」で、太祖・王建の直筆の字が載せられた『白猿帖』が学界に初めて報告されると発表した。振興院がこの日公開した『白猿帖』の王建の書の写真は李白の詩「所思」で「所思/東林送客處/月出白猿啼(後略)」と書かれている。

 
しかしこの日公開された字をを見た専門家は「王建の字である可能性が低い」と主張している。書誌学者のキム・ヨンボク氏はこの字は太祖・王建のものではなく、朝鮮中期の文筆家、孤山・黄耆老(1525-75)の書だと主張した。キム氏は「最近、孤山先生の未公開書帖を新たに発見したが、この書帖にあった孤山の詩が『白猿帖』にあるという詩の詩体、内容と一致する」と述べた。孤山・黄耆老は退渓・李滉(イ・ファン)と同じ時期に活動した朝鮮中期の名筆で、力強い狂草体の大家として知られている。

「芸術の殿堂」のイ・ドングク学芸士も「この書は朝鮮中期に流行した狂草体。高麗初めに狂草体が書かれた記録はなく、比較するほどの王建の書も残っていないため、王建の直筆と確定するのは難しい」と述べた。

では、この詩はどのように『白猿帖』に載せられたのか。本には1387年8月の高麗末、忠臣の圃隠・鄭夢周(チョン・モンジュ)が当代の文士13人と大邱八公山の桐華寺に集まりながら、王建の直筆を公開したという内容がある。鄭夢周が使節として中国・明に行って会った劉チョン馬という人物から、王建が書いたという李太白の詩2編のうち一つを受けたということだ。王建が王位となる前の916年、泰封国を討伐する際、劉チョン馬の先代の劉悳梁将軍に書いた詩だ。王建の文字は『白猿帖』のうち「高麗王太祖遺墨」という別途の章にある。

『白猿帖』は桐華寺での会合に出席した洪魯(ホン・ノ)の子孫である缶林洪氏一家が1926年に入手して保管してきた。現在この本の所蔵者である洪大一(ホン・デイル)啓明大名誉教授(化学、70)は15日、中央日報との電話で、「きちんと保管してきた。これまで外部には資料を全く公開しなかった」と述べた。このように秘密に包まれていた本の内容を啓明大の洪元植(ホン・ウォンシク)教授(哲学)が17日、公開することにしたのだ。

専門家は本が編集される過程で、王健の詩の代わりに他の人の書が載せられた可能性が高いとみている。イ・ドングク学芸士は「写真上で見た字と時代を正確に把握することはできないが、朝鮮末期または日帝強占期に本が制作され、王健の書の代わりに同じ内容の孤山の詩が載せられた可能性がある」と述べた。高麗史の専門家である国民大のパク・ジョンギ教授(国史学科)は「『白猿帖』の実体については学界にまだ知られていない。本の内容と太祖王健の直筆かどうかについて綿密な検討が必要だ」と述べた。

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    2013.10.16 14:09
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    韓国国学振興院はこの日、17日に開かれる学術大会「嶺南儒林の節義と士林精神」で、太祖・王建の直筆の字が載せられた『白猿帖』が学界に初めて報告されると発表した。
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