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【コラム】反米の記憶(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.03.14 17:38
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大韓民国で「反米」が本格的に表出したきっかけは1980年の光州(クァンジュ)民主化運動だ。 韓国軍の作戦権を保有する米国が鎮圧軍を防止しなかったとして運動圏が憤怒したのだ。 その後、反米は米国の開放圧力を宿主としてさらに強まった。

米国は87年、韓国に外国たばこを輸入しろと圧力を加えた。 理由は一つ、最大輸出市場である米国との貿易で年間100億ドルの黒字を出していた韓国が、たばこ市場を閉鎖していたからだ。貿易規模が大きくなればどの国とも同じだ。いまや韓国の最大輸出市場となった中国との2001年の「ニンニク紛争」を覚えているだろうか。 韓国が中国産ニンニク輸入約束を守らなかったため、中国が韓国産携帯電話の輸入を禁止すると対抗してきた。 外国たばこも中国産ニンニクも同じケースだ。

 
こういうものが国家間の貿易だが、いまだに唯一「反米」が重なって見える。 これが光州民主化運動のためなら、韓国戦争(1950-53)当時に介入した中国軍はどう考えなければならないのか。

「反米」を除いてスクリーンクオータ問題を振り返ってみよう。米国との交渉で06年7月から韓国映画の上映日数を大きく減らす間、やはり反対が激しかった。 泣き叫び、剃髪し…。 しかし最近の韓国は自国映画のシェアが50%前後に達する数少ない国の一つであり、最近は20世紀フォックス社が韓国映画に本格投資すると乗り出した。

貿易には相手があり、そこには反米・反中・反日がなければならず、開放は自国しだいという‘経験則’を持って、あす発効する韓米FTAを迎えよう。 それが盧武鉉政権当時に始まり、李明博政権でも着実に推進してきた国家ビジョンだ。

状況が変わってビジョンではない? 金正日(キム・ジョンイル)の最後の遺言が英語だったという笑い話で答えよう。 「Stay hungry,stay foolish」。「渇望しよう、無謀にいこう」というスティーブ・ジョブズの名演説が「バカのように苦労しろ」に変わる。

金秀吉(キム・スギル)主筆


【コラム】反米の記憶(1)

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