伝説の皇龍寺大鐘?・・・壬辰倭乱の時に倭軍が盗んだ感恩寺大鐘の可能性も(1)

伝説の皇龍寺大鐘?・・・壬辰倭乱の時に倭軍が盗んだ感恩寺大鐘の可能性も(1)

2013年05月03日09時13分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  潜水歴28年のベテランダイバー、キム・キチャン(54、慶尚北道、浦項市文徳洞)さんが東海(トンへ、日本名・日本海)の深いところで何か尋常ではないようにみえる金属の物体を発見したのは1年ほど前のことだ。紛失した漁具を探すのに浦項市両浦項(ポハンシ、ヤンポハン)近海に潜ったキムさんの目の前に突然真っ黒な物体が現れた。水深25メートル程の海底だ。

  キムさんは「何か丸みを帯びた物体が海の底に横になっていた」として「当時は船舶についている煙を出す円筒形の換気口かと思った」と話した。入口は自分の背よりももっと大きかった。物体を探ったところ厚さは一指尺以上で手でつかめないほどであった。外観はきれいだったが、頭側は腐食して異質物がたくさんついていて物体の正体はわからなかった。

  そのうち数カ月後、偶然テレビで皇龍寺(ファンリョンサ)大鐘についての番組を見た。ハッと頭の中をかすめるものがあった。自分が海中で見て、触ったのがまさに大鐘かもしれないという気がした。関連資料をざっと見ている間にキムさんの直感は次第に確信に変わっていった。彼は思い切って船を一隻購入して800万ウォンの水中カメラまで用意した。自分の目で大鐘の実体を確認した後、届け出るためであった。しかし初めに金属物体を発見した座標を知る術がなかった。キムさんは先月8日「必ず大鐘を探してほしい」と文化財庁に自分が目撃した事実を知らせた。

  届け出を受け付けた文化財庁傘下の国立海洋文化財研究所はキムさんの陳述が具体的なので信憑性が高いと判断した。文化財庁は探査船を動員して慶州(キョンジュ)や浦項の警戒地域である両浦項近海で水中探査に入った。チェ・ヤンシク慶州市長は1日、記者にこの事実を初めて公開した。 市長はまだ具体的に確認されてはいなかったが皇龍寺大鐘や感恩寺大鐘についての話が伝えてられているのを勘案すれば遺物が実際に存在する可能性が高い」と述べた。

  果たしてキムさんがみた物体は何だろうか。チェ市長が話した通り慶州、甘浦近海に収蔵された大鐘に関する話は2通りがある。

  一つは『三国遺事』に記録された新羅景徳王13年(754年)に鋳造された高さ3メートル9センチメートル、重さ108トンの皇龍寺大鐘だ。 高麗粛宗の時、再び鋳造された。歴史的記録はこれが全て。

伝説の皇龍寺大鐘?・・・壬辰倭乱の時に倭軍が盗んだ感恩寺大鐘の可能性も(2)
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