<栄辱の韓日戦半世紀>(中)野球…日本と戦いながら強くなった韓国(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.09.24 10:57
しかし韓国野球のレベルは依然として日本より下だった。日本のトップ級プロ選手は国際大会に出てこなかった。90年代にプロ選手が対戦したスーパーゲームは実力を比較できる舞台となった。韓国は91年2勝4敗、95年2勝2敗2分け、99年1勝2敗1分けだった。日本が主力を出せば力を発揮できなかった。松井秀喜は99年、韓国のエースを相手に7打数7安打(1本塁打)をマークした。
国際野球連盟(IBAF)は90年代後半、プロ選手の国際大会出場を認めた。韓国は98年のバンコクアジア競技大会でプロのオールスターからなるドリームチームを組んだ。当時LAドジャース所属の朴賛浩(パク・チャンホ)も合流した。結果は13-1の大勝。衝撃を受けた日本は2000年シドニーオリンピック(五輪)にプロ選手を出したが、予選と3位決定戦で韓国に連敗した。日本キラーの具台晟(ク・デソン)と「国民打者」李承ヨプ(イ・スンヨプ)が日本を沈めた。日本は2003年アジア選手権と2006年ドーハアジア競技大会で韓国に勝った。