<キム・ドウ記者の時視各角>委縮しきった大統領

<キム・ドウ記者の時視各角>委縮しきった大統領

2008年02月18日07時40分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は国宝第1号崇礼門(スンレムン、南大門)火災現場にまだ姿を見せていない。100万以上の国民がボランティアに行くほどに全国民の関心事だった泰安(テアン)沖合原油流出事故のときもそうだった。批判が激しくなるとようやく姿を見せた。世論に押されてやむを得ず顔を出すという程度だ。新政権の政府組職改編案に対しては拒否権を行使すると記者会見で決起を見せたというほどなのにどういうことだろうか。「まだ大統領の任期が終わっていない」と青瓦台386秘書官を1、2カ月、首席に任命してあらゆる人事権を最後まで見せつけたこととはあまりにも対照的だ。権利は終わりまですべて行使して義務にはそっぽを向く大統領とは。

  1週間後、青瓦台を発つ大統領に対してあまり苛酷な批判だと? 実は過ちが少なくなくても、辞退するとか死ぬとかすれば一切その過ちを暴かなくなるのが韓国的情緒かもしれない。崇礼門放火容疑者が数年前、別の文化財に火を放ったとき、裁判所さえ執行猶予を宣告し、彼の高齢を理由に挙げるのが韓国だからだ。国民は盧大統領が崇礼門を訪れないという事実さえもう口にもしないほどになっている。すでに彼は国民の頭の中から消えた大統領になって久しい。

  燃えてしまった崇礼門の最後の姿でも見ようと遠く地方からわざわざソウルにやってくる国民も少なくないという。ところで現職大統領はどうして行かないのだろう。現場を訪れるのが“政治ショー”だと思っているのか。時間を惜しんで文化財保護対策を樹立しようとしているのか。それともわざわざ行ったところでやじを受けたり責任をおっかぶったりするから? それにしても大統領がそれではいけない。大統領は国民が胸を痛めている場に、共にいるべきなのだ。

  おそらく盧大統領が心理的に大きく委縮しているからだろう。皆、大統領選挙惨敗の核心要因を盧大統領に嫌気がさしたからだと考えている。汎与党圏政党という統合民主党も盧大統領が近いふりでもするかと心配し、早々に線引きした。親盧勢力は総選の公認も危なげな状況になっている。青瓦台は徹底的に疏外されて孤立した。種が乾いてしまったようだ。だから初めから崇礼門現場に行かなければならないなどという考えはしなかったのだ。

  そんな事例はもっとある。来週の月曜日、盧大統領は青瓦台を出てKTXで烽下(ポンハ)村に下る。しかし現政府の長官、次官を勤めた人物の中から一緒に行く人を募集したところ1けたの数しかいなかったという。その話を聞いてやむを得ずKTXに同乗することにした前職長官もいる。現政権で恩恵を受けたけれども盧大統領の最後のイベントにそっぽを向いた人々の心も無情だといえばそうだが、盧大統領も「私がこの程度か」という自己恥辱感が起きないわけはない。

  2月初めの総選出馬のため、青瓦台を発つ首席・秘書官との送別会で盧大統領が言った言葉でも心境の一部を読みとれる。大統領は「総選に出て私の名前を掲げても役に立たないかもしれない。だから敢えて私との縁を明らかにしなくてもいい」といった趣旨の発言をしたという。大統領は心の中で血の涙をこぼしていたはずだ。

  盧大統領の後ろ姿は本当に寂しそうだ。通貨危機をもたらしたという批判を受けた金泳三(キム・ヨンサム)元大統領、息子たちの問題で任期末を何もできずに過ごした金大中(キム・デジュン)前大統領の退く姿も美しいものとはいえなかったが。この程度ではなかった。道徳的にそれほど腐敗したわけではないのに、どうしてだろうか。国民の胸に傷が残るような言葉を躊躇しなかったからだ。大統領職を軽く見て国家の品格を落としたからだろう。

  就任する李明博(イ・ミョンバク)次期大統領は盧大統領を反面教師としなければならない。大統領の発言がどれほど重みをもつものなのか、はっきり認識しておかなければならない。表では鎮火したように見えた崇礼門は、次々に火が燃え広がって結局全体が崩れてしまったのだ。
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