【コラム】インドは韓国大統領にとって何か(1)

【コラム】インドは韓国大統領にとって何か(1)

2018年07月12日14時03分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  ガンジーはインドだ。彼の人生は驚異的だ。非暴力・無抵抗・平和・禁欲のドラマだ。それはインドの優先的なイメージだ。首都ニューデリーにガンジー記念館と追悼公園ラージガート(Raj Ghat)がある。そこは指導力のインスピレーションを与える。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は9、10日、2カ所を訪れた。ナレンドラ・モディ首相が案内した。

  韓国大統領の最初のインド訪問は1996年2月だ。当時の金泳三(キム・ヨンサム)大統領はラージガートに行った。そこで巻き物を受けた。そこにガンジーが話した7大社会悪が書かれていた。「理念なき政治、労働なき富、良心なき快楽、人格なき学識、道徳なき商業、人間性なき科学、献身なき信仰」だ。その語録は金泳三大統領の胸に刺さった。首脳会談で経済協力案が具体的に議論された。その後、金泳三大統領の改革は「安定の中の改革」として表出した。

  ガンジーの語録は彼の記念館にある。その一つが文大統領に近づいた。「平和への道はない。 平和こそが道なのだ」(There is no path to peace. Peace is the path.)。文大統領は芳名録に「平和が道だ。平和は平和でのみ実現できる」と書いた。文大統領は模型の糸車の贈り物を受けた。「糸車を回すガンジー」は独特だ。それは自活だ。人間疎外の生産に対する拒否だ。しかしそのような接近は国の貧困を救済できなかった。

  英国の歴史家ポール・ジョンソンはそれをガンジーの奇行(eccentricities)的矛盾と指摘する。「糸車を手で回すのは織物の大量生産が主要産業の国(インド)では意味がない」(『モダンタイムズ』)

  インドは複雑だ。極と極が対立して噴出する。文明と原始、貧困と贅沢、騒音と静寂、のろさと敏捷が衝突して共にある。逆説と共存はインド旅行の奥妙ということだ。インドは世界最大の民主主義国家だ(人口13億人)。しかしカースト身分制の差別は執拗だ。インドは核武装国だ。しかし5億人がトイレのない家に暮らす。インドは宇宙産業強国だ。しかし「国民4分の1が電気なく暮らす。来年末まで電気をすべて供給する」(2017年、モディ首相)。

  モディのインドは躍動的だ。今年の経済成長率予測値は7.2%。「メーク・イン・インディア」(Make in Indea)は彼の商標だ。製造業・IT強国に進むリーダーシップの熱望だ。その中にサムスン電子が存在する。その情熱が文大統領に対する歓待に移されたようだ。モディの地下鉄案内は破格だ。青瓦台(チョンワデ、大統領府)は「インド政府が関与していない工場(サムスン電子ノイダ新工場)の竣工式にモディ首相が参加するのは初めて」と伝えた。文大統領とモディ首相、李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長が行事に共に出席した姿は印象的だ。

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