慰安婦少女像、ソウルでは設置できて釜山東区庁は撤去・押収…なぜ

慰安婦少女像、ソウルでは設置できて釜山東区庁は撤去・押収…なぜ

2016年12月30日09時33分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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釜山東区庁関係者らが今月28日、市民団体が日本領事館前に設置した「平和の少女像」を不法占拠したとして撤去し、トラックに載せている。
  韓国と日本政府が旧日本軍慰安婦問題の解決に向けて合意してから1周年を迎えた今月28日午後12時40分ごろ。釜山市東区草梁洞(プサンシ・トング・チョリャンドン)の駐韓日本領事館前に「平和の少女像」が突然設置された。少女像は日本領事館に2つの目を向けるようにして設置された。

  だが、午後4時ごろ、釜山東区庁職員30人余りが少女像を取り囲んでいた市民40人余りを一人ずつ引き離し始めた。市民は「少女像を守ろう」「『日本の警察』はあっちへ行け」と激しく抵抗した。結局、奇襲設置から4時間後に少女像は強制撤去となった。東区庁職員は少女像を車両に載せて行った。

  ほぼ同じ時間、ソウル鍾路区中学洞(チョンノグ・チュンハクドン)駐韓日本大使館前。慰安婦少女像の前で第1263回水曜集会が開かれた。少女像は日本大使館をじっと見つめていた。元慰安婦や市民団体は近くの外交部庁舎前に集まり、少女像撤去を要求する日本に堂々と対抗しない外交部に抗議を行った。彼らは日本大使館前にある少女像と同じ形の大型風船(高さ5メートル)で作られた少女像を持って行った。

  ソウルの少女像は堂々と立っているのに釜山の少女像はなぜ受難に遭ったのだろうか。少女像に対する自治団体の態度が決定的な違い生んだ。ソウル市と鍾路区は大使館前の少女像を撤去せずに保護している。特に、ソウル市議会は今月27日、少女像設置支援の根拠を示すための条例を発議した。

  一方、釜山東区庁は少女像が道路法第72条(道路に関する禁止行為)施行令上、道路占用許可を受けられる工作物ではないとしながら設置を阻んでいる。

  釜山東区は釜山でも保守色がとりわけ色濃い地域だ。「共に民主党」西区・東区地域委員会のイ・ジェガン委員長は「釜山15区のうち、東区は高齢化率が最も高くてセヌリ党支持率も60%を越える」と話した。東区・西区の国会議員と区議員は皆セヌリ党所属だ。朴三碩(パク・サムソク)東区庁長(66)は1991年に政界デビューを果たしてから今まで一貫してセヌリ党所属だ。

  「わが民族が一つになる」釜山運動本部のキム・ミジン運営委員長は、「9月に朴庁長と会ったときには日本領事館前でさえなければ別の場所を考えてみようと言った。だが、今月の初めはどこもダメだと言った」とし「先月28日に朴庁長が日本領事館総領事に会って心理的な圧迫を感じたようだ」と話した。金井(クムジョン)支部のハン・ウンジュ支部長は「東区の歩道などに数十体の造形物が設置されているのに、なぜ少女像はダメなのかと尋ねても一貫して口をつぐんでいる」としながら「基準も曖昧な道路法を突きつけるのは、政府と日本の顔色を伺っているためではないか」と指摘した。

  「未来世代が立てる平和の少女像推進委員会」は29日午後2時、東区庁を訪問して抗議し、

  少女像の返還を要求したが東区はこれも拒んだ。路上積置物を持ち主に返却しなければ窃盗罪に該当する。同委員会は東区を相手取り法的対応に出る計画だ。委員会は31日、第9回ろうそく集会後に日本領事館前を行進をした後、抗議集会とともに少女像除幕式を開く予定だ。少女像のない除幕式となることが予想される。

  少女像は2011年12月14日に駐韓日本大使館前に設置された後、韓国各地に55体が設置された。日本・米国・オーストラリアなどの海外にも15体が設置された。釜山のように行政機関が少女像の設置をはねつけたケースはない。

  専門家たちは今回の事態が昨年12月の韓日合意以降、慰安婦イシューが政治的問題に変質したためだと指摘する。韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香(ユン・ミヒャン)代表は、「韓日合意以前は保守団体とも言えるセマウル運動・在郷軍人会が少女像を設置するほど慰安婦問題に対しては保守・進歩の別は特になかった」とし「朴槿恵(パク・クネ)政府が強大国論理に屈服し、保守勢力も抵抗することなく無力に受け入れた結果」と分析した。
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