【中央時評】崔順実事態、絶望そして希望(2)

【中央時評】崔順実事態、絶望そして希望(2)

2016年12月01日10時35分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  しかし、広場に行くと話は変わる。先月19日の夕方のことだった。この日、光化門(クァンファムン)一帯に60万人が集まった。景福宮(キョンボックン)駅地下出口を通って内資洞(ネジャドン)ロータリーを渡った。青瓦台側に続く紫霞門路(チャハムンノ)一帯には車壁がずらりと並んでいた。狭い歩道を歩いて裏面道路を歩き、新橋洞(シンギョドン)ロータリーを過ぎてようやく車壁の終わりが見えた。警察に尋ねたところ、紫霞門トンネルの外から交通を統制するという回答が返ってきた。トンネルが終わるところまで冷たい風に吹かれながら歩く以外に方法はなかった。

  歩いている途中、1台の白い乗用車が近くに来て止まった。ドライバーが車の窓を開けて私に乗るよう言った。ガラス窓に「無料シャトル」と書かれた紙が張ってあった。彼が言った。

  「朴大統領が退く時まで、集会が開かれる日は車両統制区間で人を運ぶことだけでも一生懸命しようと思っています」。

  このドライバーはあと3人乗せるとトンネルの外まで連れて行ってくれた。交通費を出すと言ったがドライバーは遠慮した。名刺はあるかと尋ねてみた。ドライバーは手を横に振って車をUターンさせた。バスを待っている間、私はこのドライバーが再び4人を乗せてきて降ろし、また車をUターンさせるところを目にした。これが私の目で確認した韓国国民の水準だ。

  最近、光化門(クァンファムン)広場は一つの巨大なメディアとなっている。そのメディアを通じて私たち群衆は成熟した市民意識を世界万国に誇示している。群衆は集会を祭りに昇華させた。過激な言説にはヤジを飛ばし、車壁に上った人には言葉で引きずり下ろした。集会が終わった広場はちり紙ひとつ落ちていなかった。国民は革命軍だ。彼らは広場で品格革命を主導している。

  国民の怒りが頂点に達する変曲点で市民団体が過激暴力デモを主導していたようなことも、今回は行われなかった。市民団体が節制を見せた結果でもあるが、それよりはたとえ穏やかでも決して汚されない威厳によって、群衆自ら全く新しい雰囲気を作り出した。以前なら物足りないことこの上ない新しいデモ文化が、かえって一つの巨大な津波となって集会参加者を50万人、100万人、200万人と呼び集めることになった。

  広場の力は、大統領がいてもその役割をすでに無効にした。広場の力は決してここでは終わらないだろう。その力はあふれにあふれて、慢性的になっていた覇権政治をも追放するだろう。いよいよ政界は大々的に改編され、地域政治の壁も崩れるだろう。その流れに抵抗する勢力は峻厳な審判を受けるだろう。

  広場で見せた大衆の品格は、韓国にもいよいよ熟議民主主義の時代が到来することを予告している。大衆はそろそろ品格を備えた指導者が出るころだと信じている。デモの群衆の叫び声を背に、品格がモノを言う新しい時代が大きな流れとなって押し寄せている。じっと目を凝らしていればそれが分かる。

  キム・ミンファン/高麗(コリョ)大メディア学部名誉教授

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