【コラム】ソウル、どこまですばらしくできるだろうか(1)

【コラム】ソウル、どこまですばらしくできるだろうか(1)

2013年12月05日11時38分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  最近何人かの友人とともにドイツの企業家兼政治思想家を迎えソウル一円を見物させたことがある。その日午後、北村、(プクチョン)、西村(ソチョン)、東大門(トンデムン)・市庁、広蔵(クァンジャン)市場などを回った。そのお客はソウルの建築物から、地下鉄がどのように運営されるのか、道で出会った外国人がどこへ行くのかまで、全てのことを知りたがった。まるで首都ソウルに対する知識をテストするかのようだった。

  ソウルでしばらく暮らしたため第三者や外国人としてソウルを見ていない時がしばしばある。私もやはりソウルという都市に対するそれなりの認識があり、どのようにすればソウルをもっとすばらしくできるかを考えてみる。私の考えとソウルをしばし訪問した人のそれと比較してみたりもする。たいてい私よりはるかに立派で旅行もたくさんした人たちだ。

  建築家のザハ・ハディドが設計した東大門デザインプラザに大きな関心を見せた(私の意見は彼と違う)彼に尋ねた。「ソウルの姿を変えられる力があるなら一番最初に何をしますか」。彼は迷うことなく答えた。「もっと多くの公園を作るでしょう」。私はすべての人がこの言葉にうなずくものと確信する。ソウルの相当部分を公園が占めているが残念なことに大部分が山だ。都心に公園があってもコンクリートで覆われたケースが多い。緑地帯は出入りが禁止され、「芝生を保護しましょう」という表示がついているのが常だ。こうすれば管理は簡単かもしれないが、公園の本来の目的とは距離が遠ざかるものだ。

  自然と美学は幸せな暮らしの核心要素だ。韓国社会の心理的福祉向上を一度真剣に考えてみよう。都市の各区域にある巨大な建物から少し離れたところに若干の土地を得て木を植えることがそれほど問題になることだろうか? 子どもたちがはしゃぎ回れる若干の緑地帯のためにマンション建設事業を1~2件断念することを「非効率的」といえるのか? 私が住む町内を見れば私たちは持続的な「工事中」状態で暮らしているようだ。このすべての開発に果たして指向する最終目標があるものなのか気になる。

  最近のヘリコプター衝突事故で空港から近い123階建ての超高層ビル新築に対する論争に火がついた。空軍はもちろんこれに対し疑問を提起する権利がある。だが、スカイラインを変えるこのようなビルが果たしてこの都市に必要なのか、一般人は疑問を提起してはいけないのだろうか? ソウルは人口が最高潮に達しマンションも以前のようにはよく売れない。高級オフィス需要は汝矣島(ヨイド)でもあまりない。

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